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国際協力の現場から

国際協力の現場から2018/09/26

FRJ:難民と共に作る社会 ーアムステルダム市の取り組み


難民と共に作る社会 ー アムステルダム市の取り組みに学ぶ


アムステルダム市でで、看護・介護について学ぶ難民の女性。専門的な知識をオランダ語と合わせて学んでいます。

 8月30日、なんみんフォーラムでは、諸外国での取り組みを学ぶため、来日中のオランダ・アムステルダム市の方と日本の難民支援NGOやその関係者間の意見交換会を行いました。そこで今回はアムステルダム市の取り組みや、そこから事務局として考えたことを簡単にまとめてみたいと思います。

 ゲストでいらしてくださったのは、エザム・ザキさん。イラン人とイラク人のご両親の元にイラクに生まれ、イラン・イラク戦争を体験。ご自身も、90年代にオランダへ政治難民として逃れてきた背景をもっています。エザムさんは、アムステルダムにあるRietveld Academyでアートを学び、European Institutionでコーチングとカウンセリングのための指導にあたったのち、現在は、アムステルダム市内で、ケースマネージャーとして、定住したばかりの難民が新しい環境に社会的、文化的、経済的に適用できるようサポートにあたっています。また、アーティスト、そして一人の教員として、社会統合にフォーカスをあてたアートプロジェクトの開発に取り組んでいます。意見交換会では、まずエザムさんから講演をいただき、その後、質疑応答と参加者全体でのディスカッションを行いました。

 2017年に実施された調査よれば、オランダ国内では、過去30年間の難民受け入れにおいて、数字だけみても政策として成功しているとは言い難い状況がありました。難民のバックグラウンドを持つ人々の失業率は高く70%を記録し、彼らの貧困率も55%に上り、社会から孤立する人や、社会福祉的なサービスへの依存度も高く、精神疾患を抱える人の多さなども指摘されていました。

 そうした事態を受け、アムステルダム市では、2016年に、難民としてオランダでの受け入れが決まりアムステルダムでの暮らしを始める人たちに向け、自治体独自の定住プログラム「Amsterdam Personally Directed Approach」を設けました。プログラムは、Team Entréeとよばれるコーチ陣により運営されています。コーチたちは文化的にも専門性においても多様なバックグラウンドを持っており、住居の手配や教育へのアクセスの確保、精神的な疾患への対応や就業のためのトレーニングやマッチングの提供など、包括的に個々の難民の生活をサポートしていきます。個々の難民へは、伴走するケースマネージャーがつき、それぞれのニーズや背景、スキルや可能性を踏まえて、どのように生活をスタートさせていくか当事者と相談しながら、各関係機関や専門家と協力・連携してプログラムを進めているそうです。多くの人々は6〜8ヶ月で生活が落ち着いてくるようですが、それぞれの状況に合わせてサポート期間は異なるようでした。就業先を見つけるにあたっては、スーパーやインテリアショップなど、地域の企業や有名企業も協力・参画しており、それぞれ就業訓練も提供されているそうです。
 チューリップ栽培などの農業分野の就労先もあり、様々な背景をもつ難民の人たちが、より多くの選択肢をもって就業先を探せるようマッチングが進められています。こうした地域全体で様々なステークホルダーが参加していることについて、エザムさんは、「短期的にみればコストはかかるかもしれないが、持続可能な方法を選んだ。長期的にみて社会への投資だと考えているからこそ、人々は積極的に取り組んでいるのです」と説明されていました。同市には、2016年から2017年までに、3600人の難民が定住を開始しましたが、フルタイムの仕事についている人は全体の12%、パートタイムの仕事についている人は20.5%、24.5%が高等教育へ進学し、65%が必要な教育やトレーニングを受けているということがわかっています。

 こうした市のプログラムにケースマネージヤーとして関わる中で、エザムさんは母校であるRietveld Art Academyと協力して、難民とそうでない人たちが相互理解を深めるためのアートプロジェクトにも取り組み始めました。「難民は、ただ助けを求める人ではありません。確かに困難はありましたが、知識やスキルを持ち、すでに様々な人生経験を持っていて、進学することもできる。他の人々と平等に参加できる場があることで、難民の人たちはもっと活躍していけるはず。」と、エザムさんは言います。アートプロジェクトでは、アートのバックグラウンドをもつ難民の人たちと学生とでペアを組んでもらい、難民であるのか、そうでないか、という枠を取り払い、一対一で課題に取り組み、作品作りも行いました。今年7月、市内で作品の展示会も行い、多くの市民、そしてアムステルダム副市長も訪れたといいます。エザムさんはこの取り組みを通じて、ADDCULTUREという団体を設立。今後もアートを通じて、社会的に脆弱な立場にある人々と社会をつなぐプロジェクトを進めていく予定です。

アートプロジェクト(Mission Nose Out)で、互いの背景を聞かずに相手のための仮面作りに取り組む参加者たち。

アートプロジェクト(Mission Nose Out)で、互いの背景を聞かずに相手のための仮面作りに取り組む参加者たち。

 難民受け入れがいかに自分たちの社会の問題であるのか、アムステルダム市の取り組みはその意識が出発点であったように思います。誰かが社会の中で取り残され、それを見て見ぬふりをしたり、コストがかかるからと何も手立てを打たないことによって、私たちは本当に目指している社会を次の世代に残していけるのでしょうか。アムステルダム市での取り組みは、様々な人たちが問題意識を共有し、協力しあってきたからこそ、成し得てきたものです。道のりは決して楽ではありませんが、長期的・俯瞰的な視野をもち、社会を共に作っていくということを、日本の私たちも、もっと幅広く議論・実践していくことができるように感じました。

 オランダでも決して難民受け入れに歓迎的な意見ばかりではありません。しかしエザムさんは、「きっと誰もが自分の個人的な経験や感情との何らかの結び付きを、難民との出会いやそれぞれのストーリーの中から感じられるはずです」と繰り返していました。私自身、出会ってきた難民の方々の多くから、「望んで難民になる人はいない」と何度も聞いてきました。彼らは私たちと同じように、難民となるまでに、それぞれに日常があり、仕事があり、家族があり、友人があり、個性があり、生きてきた人たちです。そのことは、「難民」というレッテルの中で埋もれてしまいがちですが、私たちが難民について知りたいと思うとき、まず思い出すべきはそのことであるはずだと、改めて思います。

 これからもなんみんフォーラムでは、こうした諸外国の先駆的な事例を学びながら、日本でのより良い難民受け入れに向けて、政策への働きかけや、市民社会での支援の輪を広げ、連携を強化していく取り組みを進めていきます。(なんみんフォーラム事務局 檜山怜美)