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特定非営利活動法人アーユス仏教国際協力ネットワーク

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国際協力の現場から

国際協力の現場から2011/02/25

メコン・ウォッチ: 転機を迎えるメコン河開発


メコンウォッチ活動報告

メコン河の魚を集める仲買人。

 メコン河は、ヒマラヤ山脈に源を持つ全長約4800kmの国際河川である。その流域は、淡水の漁場として世界最大の規模を誇り、年間販売価格で20億米ドルの漁獲、関連産業を含めれば最大94億米ドル規模の市場となっている。また、ある調査によれば、カンボジアの農村部やラオス南部のメコン河沿いの人々はタンパク質の80%近くを魚から摂取している。漁業資源は経済だけでなく、人々の食料安全保障にも密接に関わっている。メコン河や支流からもたらされる自然資源に依存する人々は、6千万人に上ると言われる。

 メコン河で経済的な価値のある魚種のうち、約70%が河の中をシャケのように「回遊」している。この動きは、上流から下流、本流から支流など多岐にわたる。例えば、日本のウナギは遠くフィリピンの海で産卵しているが、回遊する魚の行動範囲はとても広い。このような習性を持つ魚が産卵場所に至れなければ、繁殖に支障をきたす。魚の移動の大きな障害となるのが、ダムのような人工の構造物だ。メコン河流域では、1950ー60年代に階段式にダムを作って水をダムからダムへ流し発電する、という計画が作られたが、その後のインドシナの混乱で頓挫した。1990年代以降も立ち退き問題や環境の劣化(貯水池建設による広範な森林破壊、生物多様性の喪失)などが問題となり、少なくともメコン河の本流でのダム建設は、上流の中国部分を除いて実現することはなかった。ところが2000年以降、ベトナムや中国の工業化の進展、タイの電力需要の伸びなどから、再びメコン河でのダム開発に注目が集まるようになった。

 昨年、タイ、ラオス、ベトナム、カンボジアで構成される流域の水資源管理を行う公的機関であるメコン河委員会が、メコン河本流では今後10年間ダムの建設を凍結し、環境や生態系に対する影響調査などを行う、と発表した。だがその直前、ラオス政府が北部サイヤブリ県で本流にダムを建設する手続きを進め始めた。ダムはタイの民間企業が投資して建設される。

 ラオスは法律で環境影響調査の公開をうたってはいるが、まだ実際に公開された報告はない。サイヤブリダムの調査結果も一般に公開されていないが、ある情報によると、ダムが建設されるラオスでは、2100人が移転を強いられ、間接的なものも含めると20万人もの人が影響を受けるとされている。ラオスで川は、様々に利用されている。漁業や河岸での農業、世界遺産になった古都ルアンパバンの名物であるガイと呼ばれる川海苔や砂金採りなど、様々な人々の営みが存亡の危機に立たされている。環境影響は国境を越えて、タイやカンボジア、ベトナムにも及ぶ。魚類の研究者も、ダム建設の魚への影響を回避する技術は存在しない、と指摘している。予定地には、絶滅が危惧されるメコンオオナマズの生息地もある。

 サイヤブリダムに関する手続き結果は、早ければ2011年3月に公表される。メコン河全体の環境生態系を劣化させ、何十万人もの生活の糧を破壊しかねないこの事業がどうなるのか、予断を許さない状況だ。既にタイでは、漁民を中心に強い反対の声が上がっている。(木口由香)