平和人権/アジア
平和人権/アジア2015/06/04ツイート
ビルマ:住民がJICAに異議申立て
住民がJICAに異議申立て ~ティラワ経済特別区開発で問われた日本の責任は?
「ビルマ(ミャンマー)政府当局は、私たち住民の声には耳を傾けてくれません。だから、ティラワの実状がどういうものかを日本の国際協力機構(JICA)に伝え、国際基準やJICAの持つ環境社会配慮ガイドライン(以下、ガイドライン)に沿った適切な移転・補償措置を取るよう要望するレターをJICAに何度も提出しました。しかし、JICAも私たちの声を聴いてくれませんでした。したがって、私たちは今日、ここ東京で異議申立書を提出します。ティラワの実態、また、同事業がJICAガイドラインを遵守しているかどうか、JICA審査役が調査することを期待します。」
――ティラワ経済特別区開発の影響を受ける住民が立ち上げた『ティラワ社会開発グループ(TSDG)』のリーダーで、異議申立人の1人となったミャライン氏(2014年6月2日)
2011年に始まった「民政化」以降、海外からの「投資・援助ラッシュ」の続くビルマでは、開発事業による現地住民の生活や環境への影響が無視できないものになってきていますが、ビルマの法制度・行政能力(ガバナンス)が依然として弱いなか、より責任ある投資・援助が海外の企業・援助機関に求められています。
ビルマの現地住民が国際協力機構(JICA)に異議申立てをした「ティラワ経済特別区開発事業」でも、移転による住民の生活悪化に対し、日本の官民が責任ある対応をとれるかが問われています。
同事業は、ビルマの最大都市ヤンゴン近郊の約2,400ヘクタール(東京ドーム513個分)を経済特別区とする事業で、同事業の第一期(400ヘクタール分)には、三菱商事・住友商事・丸紅といった民間による出資、また、JICAによる私たちの税金を使っての出資(政府開発援助(ODA)の民間向け「海外投融資」制度を利用)が行なわれています。
この日本の旗艦事業において2013年末までに、68世帯(約300人)が移転を強いられましたが、この移転世帯が暮らす移転地では、農地や日雇いの仕事などを失ったまま、代替の生計手段を見つけることができない住民が困窮してきました。受け取った補償金を使い切り、借金を余儀なくされている世帯や、家屋を売却して移転地を後にする世帯も出ています。また、雨季には大雨の後に排水口の水が溢れ返って冠水する家が出るなど、住環境の面でも問題が続いてきました。今後の残り2,000ヘクタールの開発では、さらに約1,000家族(約4,000人)が移転を迫られることになりますが、同様の影響を受けることが懸念されています。
「ビルマ政府が移転地に用意する家屋はとても狭く、質の悪いものでした。そのため私は、家屋の替わりに補償金を受け取り、自分で建てることにしたのです。そのほうが、家族のために、もっと良い家を建てられるからです。しかし今、私は借金を抱えています。そして、家の建設に時間が長くかかってしまい、仕事に行けなかったため、働いていた工場との契約を打ち切られてしまいました。私たちにとって、ここでの新しい生活は非常に困難です。」
――移転した20代の男性
現地住民で構成するティラワ社会開発グループ(TSDG)は、ビルマ政府当局にこうした問題の解決を求めてきましたが、現地政府が抜本的な対策をとらないなか、JICAにもレターをたびたび提出し、住民の生計が悪化していることを指摘。生活回復に向けた問題解決のための会合を要請しました。しかし、JICAは移転の一義的な責任は現地政府にある、あるいは、ビルマ政府当局がガイドラインに則った適切な措置をとっていることを理由に、会合を拒否。レターへの書面回答もせぬまま、2014年4月に出資を決定してしまいました。
こうした住民の声を無視したJICAの態度に対し、2014年6月2日、同事業の影響を受けている住民3名が来日し、JICAの独立審査役に異議申立書を提出しました。申立書では、移転地の住民が生計手段を喪失したり、清潔な水へのアクセスを喪失するなど、貧困化している状況について詳述し、「以前の生活水準や収入機会を改善、少なくとも回復する」などのJICAガイドラインの規定が遵守されていない結果、住民の生活が悪化している点等につき調査と問題解決を求めました。まさに、住民の生活悪化に対する日本の責任が問われたのです。
この住民の申立てに対し、JICA審査役は、5ヶ月間にわたる調査を実施。2014年11月、その調査結果が「異議申立に係る調査報告書」(以下、報告書)として公表されました。
しかし、同報告書では、ガイドラインに沿った移転・補償措置がとられているかという点について、住民の期待する「独立」調査は行なわれず、JICAの「ガイドラインは遵守されている」との結論が出されており、住民にとって非常に不満の残る内容となりました。
「審査役とJICAがビルマ政府の説明を鵜呑みにしているのは残念です。審査役は、事業による貧困化は認められないと報告していますが、私たちは、審査役が2014年7月に現地を訪れた際、『移転前は借金をする必要がなかったけれども、移転後は借金を抱えるようになった』と実情を説明しました。彼は私たちの話をちゃんと聞いてくれていたのでしょうか。移転前後の月平均収入は1世帯当たり327,000チャット(約32,700円)から71,000チャット(約7,100円)に落ちましたが、政府による収入回復計画は機能していません。日々の生活費用のため、家を担保に地元の高利貸から高い利率で借金をし、その借金の返済期限が迫っていることから、約20家族が家を失う危機に直面している現状もあります。」
――異議申立人の1人カインウィン氏
一方、同報告書では、住民により配慮した形での透明性の高い多者間協議の場の設置など、問題の改善に向けた提案が「問題解決の方法」および「継続支援」の形で示されており、こうした提案については、JICAも「真摯に取り組んでいく」との見解を示しました。
JICA審査役の報告書の公表から半年間経った現在、同提案を踏まえた対策について、JICAと住民・NGO間での対話が頻繁に重ねられるようになっており、影響を受けた世帯への追加的な生活移行補助金の支給や移転地の井戸の改善などが徐々に進んできています。
しかし、こうした取り組みはまだ緒についたばかりです。移転地の住民のなかには、依然として借金を抱えながら生活をしている世帯も少なくありません。また、今後開発予定のティラワ2,000ヘクタール区域では、約1,000世帯を対象とした移転・補償措置がこれから策定されることになっています。こうした住民の状況に鑑み、今後、JICA、また、日本企業が住民等からの意見を十分に踏まえながら、問題の改善に向けた対処を早急かつ効果的に実践していくこと、また、苦情処理メカニズムを構築していくことが求められています。(メコン・ウォッチ 土川 実鳴)