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特定非営利活動法人アーユス仏教国際協力ネットワーク

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平和人権/アジア

平和人権/アジア2012/05/27

豊かさを知る


メコン・ウォッチ

ラオスのアッタプー県。河岸には畑が見られる。

 全長が4800キロにも及ぶ「メコン河」。中国からビルマ、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを通り南シナ海に抜ける、巨大河川です。
 メコン河流域の気候は、雨期と乾期がはっきりとわかれるものであり、その気候は独特でありかつ豊かな生態系を生み出してきました。メコン河流域に住む人々は、メコン河が与えてくれる自然の恵みを受けて、漁業と農業を中心とした暮らしを営んでいます。
 しかし、「開発」という名の下に行われたダム建設などが水域の自然環境を変えてしまい、流域に住む人々の暮らしは大きく変わりつつあります。開発は一部の人たちに経済的な「豊かさ」を生み出したかもしれませんが、同時にこれまで築かれた暮らしの豊かさを奪ってもきました。
 アーユスが「NGO組織強化」支援をおこなってきた「メコン・ウォッチ」は、メコン河流域で行われる「開発」に注目し、その流域に住む人々の暮らしへ負の影響を及ぼさないよう、政府や援助団体への働きかけを続けてきています。日本でも東日本大震災を受け、「暮らしの豊かさ」とは何かを再考せざるを得ない今、メコン河流域の開発と、そこが本来持っている豊かさを考えるのは、大きな学びとなるのではないでしょうか。

メコン河流域の暮らし

 メコン河流域には、約6千万人の人々が暮らしていると言われています。メコン河の魚の多様性はアマゾン河に次ぐもので、年間56〜96億ドルの漁獲高があり、確認されているだけで924種もの魚がいます。

 乾期と雨期がはっきりとわかれている地域であるために、河の流量は季節によって大きく変わります。雨期になると出現する湿地などは、魚の産卵所となり、また、雨期にもたらされた肥沃な土砂がたまったところが、乾期になると農地として使われる。自然の変化が、メコン河流域の生物の多様性をつくり、人々の暮らしを豊かにしていました。

ダムがもたらす被害

 このように自然豊かなメコン河ですが、一方では洪水を引き起こす厄災の元凶でもあります。1950年代からは、洪水調節、発電、大規模灌漑、水運などを目的とした大規模開発が始まりました。

 しかし、これらの開発事業は、流域に住む人たちに、自然環境の変化による漁獲高の減少、水質の悪化、河岸の畑の喪失などの悪影響を与えることがしばしばおきるようになりました。そのため、農民・漁民を中心とする住民によるダム建設反対運動が、タイを中心に盛んになってきました

 最近では、タイへの売電目的で、メコン河上流(ラオス)に建設が予定されていたサイヤブリダムへの反対運動が、タイ北部とベトナムで盛り上がっています。タイ北部では漁業への影響が、そしてベトナムではメコンデルタでの塩害などが懸念されています。

 タイでは、特に中国にダムができてからというもの、河岸浸食がひどい状況になっていると言われています。これらのダムは発電目的のものが多いために、水を溜めては流すことを繰り返します。つまり、一日のうちに水が何十センチも上下することになり、土がむき出しのところに水が押し寄せると、水位が下がったときに崩落してしまう。ラオスの北部では、村落の移転が強いられるほど被害が出たことがありました。

 ラオスでは、ダム建設によって引き起こされる問題があまり伝わっていないのと、建設予定地域に住んでいる人がもともと少ないために、反対運動は起きていません。そもそも、ラオスでは国家プロジェクトに反対できる環境、報道の自由などは整っていません。しかし、既に国際問題となってしまったので、今後の進展には歯止めがかかると思います。

 メコン・ウォッチは、メコン河流域に関わるNGOネットワークの一員として関わっています。この問題に関する情報を日本語に翻訳し日本の市民や援助関係者に向けて発信しています。

タイの、メコン河流域における漁獲高は激減しています。いくつか原因が考えられますが、ひとつには、気候変動と人口圧の高まりが漁獲高へ与える影響だと言われています。例えば、カンボジアのトンレサップ湖で育ってタイ側に遡上する魚が多くいるのですが、トンレサップ湖での商業的大規模漁業のために育つ魚がなくなり、上流にあがってくる魚が減ったことなどがあげられます。

 また、メコン河の支流の開発も、漁獲高に影響しています。メコン河には数多くの支流があって、本流との間を魚が移動するために、支流の開発も、メコン河の生態系に影響を与えます。しかし、支流を含めてメコン河の生態系を研究することが、これまであまり行われていませんでした。ようやく、研究者や草の根の人々の間に、本流を研究するにも支流を含めて捉えていく人たちが出てきているところです。残念ながら、政策担当者の考えに反映されるまでには至っていません。

 カンボジアで今後活動する場所も、ベトナムとの国境に近いメコン河の支流にダムの建設が予定されているところです。

 上流のベトナム側ではたくさんの水力発電ダム開発計画があり、既に一部の運転が開始されています。そこからの放水が川の水質を汚染し、生態系に影響を与え、加えて洪水を引き起こして下流のカンボジアの住民が6人ほど溺死するという事件もおきました。

 水質汚染も深刻で、下流域の住民は皮膚炎や下痢、呼吸障害など様々な疾患を引き起こしています。今後予定されている、カンボジア国内のダム開発には日本は直接関係していないのですが、ベトナムでは日本の銀行などが融資するものもあります。日本は既に、カンボジアの人々の暮らしの変化に関わっているといえるでしょう。

 これまでも、ベトナムでダムができて、その下流域にあたるカンボジア側に洪水と干ばつの被害をもたらしたことがありました。当初、カンボジア側の人々は何が起きているのか分からず、精霊の祟りかと思ってお祭りをしたものです。その後、NGOが入ったことで、本来の原因がわかり、反対運動を始めるようになりました。

タイの原発問題

 タイの原発は、タイの発電公社が進めています。技術支援しているのは日本原子力発電です。2010年の電力開発計画では、2020年までに原発を運転するということでした。それで候補地が浮上しては消えるなか、現在の4カ所が候補にあがっています。今計画されているところは、タイ発電公社が持っている土地で、既に大きな貯水池があるところ。その水を使って発電する予定です。現在、東北地方に2カ所、南部と中部に1カ所ずつ建設が予定されていていますが、それぞれの場所で反対運動がおきています。福島の原発事故以前は、「うちの村に造らなきゃいい」であったのが、ずいぶん変わってきました。技術支援は粛々と進められているようですが、推進側からも慎重に検討すべきという意見が出ていて、今の政権では3年間はモラトリアム期間を設けるとしています。

編集部より

メコン

河岸のお祭りの様子。

 メコン・ウォッチの活動は、メコン河流域で起きていることに注視し、そこに住む人々の声を聴き、外に伝えてより開発の負の影響を軽減するための活動を行っています。何かを造るわけでもなく、地味な活動ではありますが、とても多くのことを伝えてくれます。

 ひとつは、メコン河流域の豊かさです。豊かな自然と、それに生かされてきた人々の生活。お金では計れない、貴重な人間の知恵と自然の恵み。1度失うと、取り戻すことが難しい、かけがえのない豊かさ。近代化が進んだ社会が、忘れがちなものでもあるでしょう。

 事実、外からの視点をもって開発がおこなわれた結果、経済的な恩恵が都市にもたらされた一方で、農村や漁村に住む人々が持っていた豊かさは奪われていっています。自然が破壊され、それまで得ることができた食料や資源を失っていく光景は、メコン河流域のあちらこちらで目にすることとなってしまいました。

 こうした学びは、日本社会の中でも生かされうることです。日本の地域開発が、必ずしも成功していないことをみれば、同じ構造がメコン河流域でも日本国内でも作られてきたことがわかります。

 メコン・ウォッチは、たくさんの映像教材や写真教材などを持っています。海外のことを学びながら、足元である日本社会を見つめ直す勉強会など、今後も開催できればと考えています。

(NGO組織強化支援対象者だった木口由香さんにインタビュー。文責 編集部)

参考文献 木口由香(2012年)「メコン川流域の暮らしとエネルギー開発の行方」なじまあ02、立教大学アジア地域研究所