凄まじいドキュメンタリー映画の上映が、各地で始まりました。「NAZAナザ」。イスラエル軍の兵士と諜報員24人に行った極秘インタビューが柱となっています。タイトルの「NAZAナザ」とは、「攻撃によって巻き添えになると予測される民間人の数」を意味します。
これまで任務に携わった経験を持つ人々が、イスラエルの首都、テルアビブのとあるビルの屋上で、自国がガザで行っている軍事作戦の実態を語ります。ある者は攻撃を「事務作業のようなもの」と語ります。またある者は「食糧配給所に人が集まったところを撃った」と証言します。ハマスの戦闘員に対する一回の攻撃で、NAZA500が承認されたとも語られます。人間を単なる数字に置き換えることにより、倫理や感情を麻痺されるシステムが発動していることを如実に教えます。
その姿は、本作の製作総指揮を務めたジョナサン・グレイザーが撮った「関心領域」を思い出さずにはいられません。「関心領域」では、ユダヤ人強制収容所の隣で暮らす所長家族が、収容所内で何が行われているかを知りながら、それに心を動かすことは少しもありませんでした。ユダヤ人たちは「数」でしかなかったからです。
本作の2人の監督、ユヴァル・アブラハームとラへル・ショールは、「民間人の大量虐殺の背後にある「システム」を検証しなければならない」と語ります。人間を数としか見なさないシステムは、時に虐殺をも生んできました。
日本にも「人を数として扱う」ケースはあります。
数字は被害の度合いを示すひとつの目安になります。直接の加害者にならなくとも、数字で表すことによって見落とす人たちの存在があることや、慣れてしまう自分がいるなど。実際に加害の側に立つことになったら・・・もっと気づかないかもしれません。(アーユス)