平和人権/アジア
平和人権/アジア2021/01/07ツイート
生物多様性を豊かにする移動式焼き畑農業。 —先住民の知恵に学ぶー
このインタビューは2010年11月に10月に行ったものです。アーユス・ニュースレター「ayus」95号に掲載されました。(通訳:木口由香、文責:アーユス事務局)
この記事に対して、上村英明さんがオピニオン「先住民族と生物多様性 ー 生物多様性条約と人権・開発・環境」をやはり95号に寄稿されています。こちらも併せてご覧ください。
生物多様性を豊かにする移動式焼き畑農業。 —先住民の知恵に学ぶー
2010年11月、名古屋市にて生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されました。
COP10の主要議題の1つが、先住民族と生物多様性。先住民には、資源や環境の多様性から得られる恵みによって生きてきた人たちが多くいます。また、多様な環境の中で得た知恵が、薬や食文化を生んできました。先住民族が自然と共に生きてきたおかげで、生物多様性が豊かになってきたともいえます。
しかし、いま先住民族は、開発援助によって土地や資源を利用できなくなり、これまで築いてきた知恵を失う危機に直面しています。また、先住民族たちが開発してきた薬などの特許が、いつの間にか先進国に奪われたいたこともあると聞きます。
今回は、先住民族としてCOP10に参加された、プラサート・トラカンスパコンさんにカレン民族の視点から生物多様性について語っていただきました。特に焼き畑農業に焦点を当て、先住民族の知恵を学びたいと思います。
(プラサートさんは、「市民外交センター」(上村英明さん代表)の招聘によって来日されました。アーユスは招聘の一部をご支援させていただきました。)
タイ国基礎情報
タイには77の県があり、面積は約51万平方キロメーター、つまり日本の約1.4倍あります。人口は6千万人強なので、日本の約半分です。先住民は「山岳民族」、もしくは高地に住む人々と呼ばれ、タイ国の北部と西部に点在しています。人口は、約92万人です。
タイには10数の少数民族がいると言われていますが、そのうちのたった10の部族だけが正式に「山岳民族」として認められていて(カレン、モン、アカ、ラフ、リス、ミェン、ルア、ティン、クム、マラブリ)、そのほかのダラアンやカチン、シャンのようなグループは未だに公的に認められていません。
カレンは、タイの山岳民族の中でも一番人口が多く、411,670人います。ほとんどの人たちは、移動式焼き畑農業を中心とした生活を送っています。
タイの先住民が置かれた現状
1961年にタイ国が第一次国家経済開発計画を始めたときから、タイの先住民族は政府から差別的な扱いを受けてきました。偏見と型にはまった見方を持って扱われ、先住民族の苦しみは現在に至るまで続いています。
タイの法律や政策の多くには、先住民族への偏見が色濃く反映されています。それ先住民族といえば麻薬を生産し、国家の安全と環境を脅かす存在だというものです。麻薬の生産に関しては、1958年に違法になりましたが、それまでは政府が作らせていた経緯があります。また、国家安全への脅威というのは、以前、70年代頃にタイの共産党に先住民が関わっていたことに起因しているようです。環境は焼き畑が問題視されています。
現在は、麻薬は以前ほど問題になっていませんし、共産党も存在せず、焼き畑も環境には負荷を与えないことがわかっています。同じことを言い続けている政府がおかしいのです。タクシン前首相が、数年前に大規模に麻薬取引を取り締まりましたが、この時取り締まった麻薬というのは阿片系ではなくて覚醒剤系でした。ですから、麻薬栽培とは関係ありません。
カレン民族は未だに政府の森林保安員に逮捕され続けています。例えば、2008年の3月には、80歳のディナエポさんと、35歳のナオヘムイさんが田植えの準備をしているところを逮捕されました。国有林で土地を開拓し木を伐採し森を焼いたために、国有林と国の土地を劣化させ、水源も破壊するという罪だったのですが、最近は気候変動を促すという罪も加わりました。課された罰金は日本円で一千万円以上でした。とても高いものです。特に気候変動の問題が関わるようになってから、高くなりました。
この判決は、裁判の一審で出ました。それはあまりにもひどいということで、NGOや研究者が判決を取り下げるように動きました。また昔の郡長が「この人たちは慣習的な土地権を持っていた」と証明したので、二審では、焼き畑は破壊的ではないと裁判所は理解してケースを取り下げました。しかし森林局には不満が残り、さらに訴えようとしていているために、今動きを見守っているところです。
焼き畑は公式には禁止されています。政府は、焼き畑農業は近代的ではなく遅れたものだとみなしています。森林資源を利用することも禁止されていますが、私たちは森林を利用できないと私たちの文化を守ることができません。また、気候変動という新しい言説が焼き畑を悪者にしています。焼き畑は、非近代的で収入を創出せず、森林破壊を進めているというのが一般的な見方です。
多様性を生み出す移動式焼き畑農業
しかし実際は、移動式焼畑農業は、二酸化炭素の放出においても環境に負荷を与えるわけではなく、生物の多様性を高める役割を担っているといえます。
まず、1年のサイクルをみてみましょう。
新年が、焼き畑のサイクルの始まりにあたり、まず家族ひとり一人が腕に糸を巻く儀式をします。そして、火が広がらないように防火帯を作ります。
耕す前には、「米の母」というお祭を必ずしないといけません。これには若い人たちの参加が必要です。というのも、若い世代に引き継いでいかないといけないからです。
そして、長い棒を使って表土を痛めず浅いところを掘り、そこに米粒を入れていきます。
土は被せないのですが、それは雷を聞くともみが勝手に土の中にもぐるという言い伝えがあるからです。
焼き畑をしてから1〜2週間で、木の幹から新しい目が吹き出してきます。これは、木の高さをある程度残して伐るためです。残されたところから芽が出て、森林として再生しやすくなります。
焼き畑には精霊も関係するために、儀式は随時行われます。年の半ばに行う儀式は4つの部にわかれ、最初は水や空の精霊に祈り、次にお米の精霊に祈り、そして火の精霊に祈って、最後は畑から悪い物を除かれるように祈ります。その時用いるのはお酒と鶏です。
そして稲刈りを行います。みんなが労働力を出し合い協力しあって行います。脱穀する前にも、米の精霊が帰ってくるように祈る儀式を行います。そして最後に米倉に収めます。
その後、森林は再生していきます。移動式焼畑農業では、休閑する時期を持つことが大前提です。ですから、耕作可能でも土地を休閑させることが必要です。それがあってこそ、移動式焼畑の授業は可能になります。
一回火をいれることで、植物の多様性が増加します。このようなところに居場所を求める動物もいるので、森全体の生物多様性が高まります。ある調査によると、一年目、二年目の再生林には16種類くらい食用植物があったそうです。加えて動物が7種類と薬草が7種類も見つかっています。年を追う事に種類は増えていて、5年目6年目になると、75種類ものの食用植物、木類、薬草と12種類の野生動物と30種類の家禽が発見されました。2004年に11の村で調査したところ、栽培しているだけではなく野生のものも含んで食べられるものや薬になるものが207種類あることがわかりました。
焼き畑というのは、ただ単に米を植える時だけの作業ではなく、森林再生と多様性を保つことの一助にもなっていることがおわかりいただけたと思います。
移動式焼畑農業の魅力
移動式焼畑農業は、いろいろな植物の母のようなものです。自然に起きることではなく、人の手によって行われることなので、確実に次世代に引き継ぐこともできます。焼き畑は森を破壊するものではなくて豊かにするものであり、この農業をすることで村の人たちは一年間の食料を確保することができます。焼畑農業が、まさに自給自足の暮らしを可能にしています。また、季節事に異なる食べ物を与えてくれるだけでなく、薬を使わないので健康にいいです。
人口が増えているにも拘わらず、畑に使う土地は減っています。それは、焼き畑農業は耕地面積よりも労働投入量の方が収穫量に影響を与えるからです。特に草取りが重要で、労働力が増えるとそれだけ収穫量も増えます。
タイの農業大学の調査によると、表土の浸食が天然林よりも少ないという結果でした。これは、森林の休閑期間が長いほど少ないようです。浸食の平均は一年間に一ヘクタールあたり0.1トン以下で、生態系の水の質には全く影響がありません。
移動式焼き畑農業を営んでいる地域では、その他にも森林資源を活用し、牧畜もし、水田耕作も行います。ですから、多様性もより保つことができます。食料の54%が焼き畑から、33%を水田から得ています。
森林農業の例では、お茶やタケノコ、蜂蜜を取りますね。お茶は近所に工場もあり、収入につながっています。タケノコは6〜7種類取れます。収穫を7月頃から始めて8月には終えます。その時にまだ残っているのは、次世代のために残します。タケノコの中に住む虫も捕りますよ。特急列車っていう名前がついているのですが、揚げて食べるとぷちっと甘みがあっておいしいです。
気候変動で、村の中にCO2をどれだけ貯蔵しているかということですが、焼き畑の貯蔵量はかなり大きなものです。コミュニティ森林3,120ヘクタールでおよそ66万トンの炭素が貯蔵されています。焼き畑や水田、畑などの耕作地568ヘクタールには約6万トン。合計で約72万トンとなります。焼き畑が貯蔵する二酸化炭素と焼くときに放出する二酸化炭素を比べているのですが、数字には大きな差があります。貯蔵は1万7千トンですが、焼くときは480トンです。
カレン民族と焼き畑農業
カレン民族の伝統的な方法を復興するためにはいくつかのことが必要です。今、憲法でカレン人が資源を管理する権利が認められました。それと日本でいう入会権(いりあいけん)のようなものがコミュニティに対して首相府令で保障されました。また先ほどの話にもありましたが、8月3日の内閣閣議決定で、カレン文化の復興に関する活動が認められて、その中には焼き畑も入りました。しかし、それが実際に実行されるかはチャレンジングなところです。問題は、現政府がいつまで続くかといことで、早く仕事をしないといけません。
またカレン人の暮らしに関しては、気候変動の原因になっていると言われている焼き畑農業が、実はきちんと二酸化炭素を貯蔵していて問題がないことが明らかになっています。むしろ、生態系のバランスを保ち、温室効果ガスの放出を減らし、食料の確保に役立っています。
カレン人の暮らしはもともと自立的なもので、生態系からの恵を受けながら営まれてきました。それに、精神的な面でも精霊信仰などが生態系を維持するための重要な要因の1つでありました。信仰や知恵や社会的規範が、人々の資源の使い方にもいい意味で影響を与えていたのです。
米の収穫時期になるとものすごい量の鳥がやってきます。オウムを見たこともあります。米は人間だけじゃなくて生き物も養うものだから、分け合って食べるものと考えます。母が教えてくれたのは、稲刈りをしたときに落ちた米は拾っちゃいけない、みんな、他の動物に分けてあげなさいということでした。
カレンの人たちは外からの物を買うことよりも地元で作られたものを消費することに価値をおいています。最後に私たちの文化で、先祖から伝わっている歌をご紹介しましょう。
村の年寄りは私たちに言ったものだ
そして、村の年寄りは未だに言う、
タロイモの種は保存しておくことと、
ヤムイモの種を保存しておくことと、
少なくとも30種類の種があれば、我々は救われるのだ。
飢饉の年でも、我々は死ぬことはないのだ。
生物多様性条約
生物多様性は人類の生存を支え、人類に様々な恵みをもたらすものです。生物に国境はなく、日本だけで生物多様性を保存しても十分ではありません。世界全体でこの問題に取り組むことが重要です。このため、1992年5月に「生物多様性条約」がつくられました。
2009年12月10日現在、日本を含む 192ヶ国とEUがこの条約に入り、世界の生物多様性を保全するための具体的な取組が検討されています(アメリカ合衆国は未締結)。
この条約には、先進国の資金により開発途上国の取り組みを支援する資金援助の仕組みと、先進国の技術を開発途上国に提供する技術協力の仕組みがあり、経済的・技術的な理由から生物多様性の保全と持続可能な利用のための取り組みが十分でない開発途上国に対する支援が行われることになっています。(環境省自然環境局生物多様性センターウエブサイトより)
■生物多様性の3つの目的
・ 地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全すること
・ 生物資源を持続可能であるように利用すること
・ 遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分すること
プラサート・トラカンスパコン氏
タイ国の北部に生まれ育つカレン人。カレン名をジョ・パディというが、タイ政府の方針により学校に行くために名前をタイ語に変えた。 現在、IKAP(「東南アジアの大陸部における先住民族と知恵のネットワーク」という意味の団体)の地域代表を務める。現在、少数民族の文化や伝統的知識の普及をはかり、そのためのネットワークを東南アジアの6カ国を結んでいる。