平和人権/アジア
平和人権/アジア2016/10/12ツイート
ダッカ事件その後2:NGOが考える安全対策
7月にダッカ襲撃事件が起きたあと、アーユスのパートナー団体である「アジア砒素ネットワーク」の石山民子さんは、この事件をめぐって様々な問題を提示してくれています。前回の「ダッカ事件その後1:家庭やコミュニティの視点からとらえる」に続き、連載2回目。今回は、国際協力NGOとして、現場の安全をどう判断し確保するのかについてです。日本人が現場でおこなってきたことが安全性の確保につながっていたことを再認識させてくれます。NGOが海外で危険に巻き込まれた場合、自己責任などの言葉だけで片付けられやすいことですが、NGOは単に無茶をやっているわけではなく、安全対策を念入りに考えながら、未来を見据えて活動していることが伝わってきます。
7月1日のダッカ襲撃事件以降、バングラデシュで活動するNGOは、日本人の派遣や駐在について方針決定の見直しを求められた。
私が理事兼スタッフとして関わっているアジア砒素ネットワーク(通称AAN)も、理事からは日本人のバングラデシュの渡航と滞在について慎重意見が強く出された。
他方、現地で活動をしているメンバーからは「大きな組織なら一律の対応もやむを得ないだろうが、組織が小さいAANは現地で活動する人の数も少ないのだから、派遣される側の判断・意見も尊重されるべき」という意見が出されていた。事件のショックは誰にとっても大きかったに違いないが、現地での仕事に責任を感じてもいるし、人生をかけて取り組んでいる仕事を途中であきらめることは簡単にはできない。また、現地で活動するメンバーは、昨年10月に起きた邦人殺害事件以降、それまでの生活スタイルを大幅に改め、慎重な対応してきており、安全対策を怠っていないという自負もあったと思う。
団体としてはリスクもあるが、使命達成のために、活動継続の強い意思を示してくれるメンバーがいることはありがたいことに違いない。
仲間の意思を尊重し、また、日本大使館や外務省の協力を得て現地事務所の安全体制の強化も施した上で、AANが派遣再開の決定をしたのは9月半ばだった。他のNGOからも話を聞いたが、同じような経緯を踏んでいた。バングラデシュ国内でもテロ対策が進められているとは言え、テロが今後はもう起こらないは言えないけれど、できる限りの準備をした後は、どこかで腹をくくって派遣を開始するしかない。
7月1日の事件を受けて、日本政府は8月31日に国際協力安全対策の最終報告書をまとめた。安全対策会議が常設化された後の初めての会議は9月30日に開かれ、バングラデシュの安全対策が議題として選ばれた。外務省、JICA、企業とともにバングラデシュで活動するNGO関係者も呼ばれた。現在、外務省NGO連携無償資金(通称N連)を活用し事業を実施するNGOは5団体、JICA草の根技術資金では5団体(うち2団体は大学)の計10団体がODA資金を受けてバングラデシュで活動している。私は、この10団体を代表し意見を述べることになった。
私たちはNGOの意見をまとめる前に、
1.NGOの現段階の安全対策と渡航に関する方針
2.NGOの安全対策の特徴
3.NGOの渡航を制限する動きに関する懸念
4.政府に対する提案
の4つの項目について、各団体から意見を出してもらった。
この作業を通じて分かったことは、バングラデシュの危険情報では「レベル2:不要不急の渡航はやめてください」であり渡航は禁止にはなっていないのにもかかわらず、これまでに多くのNGOが、大使館など政府機関から渡航の自粛や禁止を求められる経験をしていたことだ。この1年2回の事件で、日本人8人が犠牲になっており、更にISが“十字軍に属する国”の国民をターゲットにしたテロを予告していることを考えれば、大使館や外務省が慎重になるのも理解できる。
しかし、2015年10月からの1年間、さらに2016年7月からの3か月間、各NGOは迷いながらも様々な安全対策をとってきた。車での移動を義務化、不要不急の外出を控える、滞在期間を必要最小限に抑える、事務所や住居のハード・ソフト面の安全強化、研修実施などだ。
このような防御策をとりつつも、やはりNGOの強みは、現地に溶け込む力を大切にしてきたことだ。そもそも私たちがバングラデシュの草の根で仕事をし、都市部を離れた場所で生活をするためには、現地の雰囲気に溶け込む訓練は不可欠だ。最近でこそ変わってきたが、少し前まで外国人の特に女性は、街中で好奇の視線で囲まれ、身動きがとれなくなることもしばしばだった。食事もスープの文化圏である東南アジアに比べて、油と香辛料の文化圏である南アジアは、日本人の適応のハードルはもう一歩高い。そうした文化の違いの中でも、緊張を見せず、外国人としての存在感を消し、現地の人に安心して普段の生活を見せてもらい、本音を語ってもらえる関係を作れなければ、NGOの仕事はできなかったのだ。
テロ対策においても、こうした目立たない態度=Low Profileは重要だという。また、これまでの仕事で培った現地の人との信頼関係は、安全情報をもらったり、いざというときにかばってもらったりするために不可欠で、それは大抵の場合において防弾車より役に立つ。
もし、今後長期にわたって日本のNGO関係者が現地に入れなくなった場合、プロジェクトを管理するために必要な情報が手に入らなくなってしまう。AANの場合は、生活習慣病の予防対策をしているが、新しい分野であるため間違った情報や方法が伝達されれば、逆に現地の人の健康や命を奪うことになりかねない。当面、日本人によるモニタリングやスーパーバイズは必要だ。
さらに、現地の様子が分からなくなれば、日本のNGOが関わることで防げたはずの貧困・格差を将来に残すことにもなるかもしれない。それを避けるため、実施体制にも様々な工夫を凝らしながら、現場にできるだけ近いところで活動を継続したいというのがバングラで活動するNGOの総意だった。
このような見解を述べた後で、日本政府に対しては、①活動環境や安全対策能力にも違いがあるため一律に渡航自粛や禁止を求めないこと、②やむを得ずNGOに対して渡航自粛や禁止を求めるときには客観的な根拠を示すこと、③情報共有や意見集約の場を作ること、などを要望した。
この会議を通じて、バングラデシュで活動をするNGOとしての意見を一つにまとめられたことは大きな成果だった。今後も「NGO関係者から被害者を出さないこと」を第一の目的に、やっかいな問題に直面しているバングラデシュでの草の根協力のこれからについて相談できる仲間との連携を続けていきたい。(石山民子)