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エンゲイジドブッディズム

エンゲイジドブッディズム2023/10/31

【10月】ぼくは君たちを憎まないことにした


 2015年11月13日、パリのサッカー場や劇場、飲食店など複数の商業施設にて、同じ時間に爆弾が爆発しました。イスラーム過激派グループにより引き起こされたこの事件は、130人もの命を奪い、パリ市民に不安と動揺と悲しみをもたらしました。

 ジャーナリストのアントワーヌ・レリスは、この事件により妻を失いました。幼い息子のメルヴィルとどう向き合っていいかもわからない中、事件の首謀者に向けて手紙を綴り始め、それをまとめた本が『ぼくは君たちを憎まないことにした』です。

「君たちはぼくの一番愛する人を奪った。でもぼくは君たちを憎まないことに決めた。憎しみに屈することが嫌なんだ。ぼくが君たちを憎んだら、君たちの思うつぼだから。たしかにぼくは君たちが望んだように、憎しみの塊になって、何の罪もない、イスラーム系の人びとへ憎しみの目を向けたりもした。でももう、君たちの企みには乗らない。君たちへのぼくの戦いは、息子を幸せに育てることだ。息子が幸せになることで、君たちは負けるんだ。ぼくと息子のつながりは、世界のどんな軍隊より強いんだ」

 当初、FACEBOOK上に書き綴ったこの手紙はたちまち世界中で注目され、アントワーヌは人格者としてマスコミに取り上げられたりもしましたが、当人は言葉通りに達観しているわけではなかったといいます。変わらず、悲しみの中で呻き続ける日々が続きます。先の手紙は、苦しみに倒れそうな自分をなんとか支える杖であり、願いなのでした。その言葉は同じく悲しみと憎しみに混乱するパリ市民たちの連帯を生むことともなりました。

 妻の生活がそのままに残った部屋で暮らし、悲しみと憎しみの底にのたうち回り、街に出ても、アフリカ系やアルジェリア系の人びとへ憎しみの目を向けていたアントワーヌ。憎むことを止めることが、彼の戦い方だったのでしょう。決して簡単なことではありません。真似のできることではないかもしれません。しかし、今あらためて、その言葉が重く響きます。 

 前記の本を原作とした映画『ぼくは君たちを憎まないことにした』は、11月10日から全国で上映されます。(アーユス)