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エンゲイジドブッディズム

エンゲイジドブッディズム2026/07/01

【7月】差別を見つめる人


 1970年に発表され、単行本に一回収録されたもののその後は埋もらされ、全集にも収められなかった手塚治虫の幻の短編『ながい窖(あな)』が今年に復刻出版され、すぐに増刷されています。

 主人公・森山は、大企業の専務として次期社長とも目される人物ですが、戦中には朝鮮人労働者としての過酷な体験をしていました。戦後すぐ日本に帰化し、過去と決別して世間的な成功を収めた森山ですが、あることをきっかけに生活が次々と崩れていきます。戦時中の強制労働や在日韓国・朝鮮人への差別、アイデンティティやカミングアウトの葛藤を真正面から描いた骨太な作品です。

 手塚治虫がこの索引を封印した理由は明らかにされていません。復刻にあたり、封印理由への想像も交えて6人が解説を寄せています。そのうちのひとつ、四方田犬彦氏の「差別を見つめる人」は、「手塚治虫が生涯をかけて描こうとした主題とは、ヒューマニズムでも科学と正義の調和でも不死長生でもなく、差別だった」と喝破します。『鉄腕アトム』も『アドルフに告ぐ』も。それは、差別解消を叫ぶ前に、差別自体を提示し確認しようとするものと見ることができます。「人間が人間でないものと出会ったときに見せる、生々しくも相互にグロテスクな感情と映像を、彼は冷静に見つめようとしていた」。

 四方田氏の指摘の通り、『ながい窖』では差別が差別を産む負のスパイラルが苦く描かれました。作品が世に出て半世紀を超えてなお、差別や対立の構造は、形を変えながらも、ヘイトスピーチや排外主義の底に息づいています。それを克服するためには、過去の加害と被害の記憶を直視することは欠かせません。それぞれの立場での痛みを学び、想像し、できるかぎり共有することは、分断を乗り越え、よりよい国際社会を築くための第一歩です。手塚治虫が描いた『ながい窖』の暗闇に、私たちは人権と連帯の光を差入れたく思います。(アーユス)