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特定非営利活動法人アーユス仏教国際協力ネットワーク

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その他の地域2021/07/06

近くの山に行ってみた~青梅の林業を訪ねて


「日本は3分の2が森林」と学校では習いますが、山も見えないような住宅地に住んでいると実感がわきにくいもの。「わざわざ行かなくても、すぐ裏は森だよ」「境内地の木を既に活用しているよ」という皆さんにはお恥ずかしいですが、アーユスの事務局メンバーにとって、山はまだまだ「出かけるところ」なんです。

前年度に始めたシリーズセミナー「お寺と100年後の未来」の第二回は、「お寺と遠くの森と近くの山」のタイトルで実施。お寺の話(都内で「近くの山」の木材を使った塔婆を普及したいと取り組まれている永寿院の吉田さん)、遠くの森の話(木材生産地の環境・社会に配慮した木材の調達・利用推進や普及啓発に取り組むFoEの三柴さん)、そして近くの山の話(東京都青梅市で林業を営む中島さん)という豪華メンバーに登壇いただきました。しかしそれに飽き足らない私たち、「近くの山」に行ってしまおうと梅雨前の好天を狙って、中島さんを訪ねました。

セミナーにご参加くださった皆さんなどにも広くお声掛けしたかったのですが、今回は主催者・関係者など少人数で催行。伺った先は青梅市の北西で、埼玉県飯能市や東京都奥多摩市に隣接しています。東京も4割弱が森林だそうですが、そのほとんどは西部の多摩地区にあり、青梅市も6割以上が森林だそうです。

青梅も含めた多摩に「木を植えて育てる」人工林がでてきたのは、やはり人口が増えた江戸時代から。
「植えて育てて約100年かけて収穫したとして、(江戸時代を約300年と見ると)3サイクルくらいしたのではないかと言われています」
との話に、林業の「時間」って、人間の一生よりも断然長いんだな!と再認識。でも人間の「時間」は早すぎて、植えた木が材として使えるようになるまでに、使うノウハウ、加工するノウハウが廃れてしまうだけの「時間」でもあります。
持続可能な~長期的視野で~子どもたちの未来のために〜と、口で言うのはたやすいけれど、普段どれだけ実感を持っていただろうか。他にもいろいろなしごとはありますが、林業もまた、自分が存在していない未来のための仕事なのだなと感じました。

■自分たちの目で「山」を見てみる。

まず連れて行っていただいたのは、水が湧き出している谷。

「このあたりは水源地です。こうした小さい流れが集まって、こちらは荒川に、あちらだと多摩川に向かうのです」。
東京の大きな人口を支える水の生まれる場所が、こんなところにありました。

谷の左手は広葉樹の明るい緑、右手は一目で人工林とわかる針葉樹が植わっています。
「左手は北向き斜面で日も当たりにくいので、育てる木を植えていないんです。また、左手のほうがちょっと尾根が高いので風雨が遮られ、右手の人工林の木は倒れにくくなっていて、先日の大きな台風も大丈夫でした。大雪でやられたくらいかな」
当然のことながら、日当たり、風当り、全てのことが計算されているのですね。

谷を挟んで、左手が広葉樹、右手が針葉樹の人工林

谷を挟んで、左手が広葉樹、右手が針葉樹の人工林

「ところでこの右手にある人工林も、ここを境に所有者が異なるのですが、違いが判りますか?」
手前側。なんだか暗い。地面を覆っているのは枯れ枝とか枯れ葉かな。根があらわになっている。
奥側。木は、下方の枝がきれいに払ってある。なんだか明るくて、下草が適度に茂っている。

「そうなんです。私は間伐をしますが、奥側の所有者の方は枝を払って調節する管理方法です。枝を払うことで光が入って下草が生えて根が張るので、水がしみ込みやすく保水の能力もあがります。手前側のように、根が出てしまうとちょっとした雨でも崩れやすくなってしまうのです」

山を管理するということの一端を、初めて自分の目で見て知ることができ、納得!の現場でした。

わかりにくいですが、奥(写真左手)と手前(右手)は同じ斜面でも、管理者の手入れ方法が異なるだけで、こんなに違う

 

■林道へ。

木を育てて伐るだけではなく、運び出して市場に出してこそ、林業。その道筋をつけ、運ぶためにどの方向に倒すかまで計算し尽さなくては成り立ちません。林道に作業車や機械が入りやすいよう、足元に落ちている枯れ枝や大きな石を少しずつよけながら登ります。
間伐した木で出荷しないものも、薪としては十分使えるものは、切り揃えて脇道に。しまつの極意を学ぶ気分です。

「むかし需要が高かった足場丸太のような細いものは担いで運んでいて、一本500円とかそういう感じだったんですね。でも今は…皆さんなら日当、どれくらい欲しいですか?木の値段は同じでも、それを伐り出す人件費が何倍にもなってしまっているわけなんですね」
人手がないことで放置される山を見るのは忍びないですが、企業研修などを受け入れて手を入れる所有者さんもいるそう。
「でも、手入れの遅れた森の切り捨て間伐だけの公的事業だと、伐るところまででいいんですね。良い材がそのまま転がっているのを見ると、もったいないなぁと」。
林業に関わる人を増やしたいけれど、危なかったり、収入が少なかったり、ハードルが多いのも事実。そのジレンマも痛いようにわかります。

■ところで、東京の木は塔婆向きなのでしょうか。

「吉野林業地のほうだと、はじめから密に植えて成長量を遅くし、年輪がきれいに詰まるようにします。多摩産材は吉野林業地ほど密に植えていないので、初期成長では年輪幅が大きく、間伐遅れが進み始めたここ約40年前までの年輪幅が小さくなっている傾向があります」

「塔婆を書くときは、年輪が少ないほうがいいから広くてもいいね」

「でもスギで年輪の広い部分は内側ですから、赤い色が濃く出てしまいますね。白さが求められる場合は、外側なのでしょうが…」

伐ってみないと育ち具合はわからない。年輪を見てみましょう

その木がどんな成長ぶりでどんな断面なのかは、伐ってみないとわからない。でも、そんな木の個性に愛着が湧けば、その材でつくった製品をぜひ利用してみたいと思うことでしょう。どんな場所でどう育ってきた木なのかを知ることができれば、なおさらです。

■知れば近くなる、伝えたくなる

見学を終えてから、3月のセミナー登壇者でもあった吉田さんが「登るときに見た森と降りるときに見た森では、全く違って見えた」と話されていましたが、中島さんのお話しを聞いてから見る「山」の姿はたしかに違いました。
私の場合は、山といえば新緑だ紅葉だと広葉樹ばかりに目が行って、人間自身が整備してきた人工林には、あまりに無頓着だったという気付きがあり、がぜん興味がわきました。
中島さんがいま、子どもたちを山に案内したり、セミナーに登壇してお話ししたりすることで、積極的に山や林業についての理解を広めようとしているのも、「山が近くなる」こと自体が林業の未来にとって必要なことと感じておられるからなのでしょう。
自分の身近なものがどこからきて、どこへゆくのか。現時点だけでなく過去と未来に目を向け、「100年」という普段ならあまり考えない、でもちょっと想像できそうなタイムスパンで考えてみる。それも、持続可能への第一歩かも。

オンライン続きの1年でしたが、本当に久しぶりのフィールドスタディで、実際に人に会う・自分の目で見る、その効果をあらためて痛感しました。(ここに書ききれなかったことが、たくさんあります!)
コロナ禍に負けず、様子を見ながらまた機会をつくって、出かけていきたいものです。(〒)