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平和人権/アジア

平和人権/アジア2019/02/28

ミャンマー訪問記2:現地の人たちはわかっている。


 ティラワ経済特区は、ヤンゴン市内から南東に向かって車に約1時間ほどのところにある。平野が続く中、フェンスで囲まれた広大な土地を見ると、そこにいずれ工場が建ち並ぶのだろうかと、不思議な気持ちになった。既に工事が終わり、工場が建ち並び始めたZone Aに行くと、近代的な正面ゲートと、馴染みのある日本の企業名を冠した工場が目に入ってきたが、ティラワの風景の中では、まるで異空間へと続く入り口に立っているかのようだった。

 今回のミャンマー訪問のもう一つの目的は、アーユスが2013年から資金協力をしている、メコン・ウォッチによる「ミャンマーにおける大規模開発事業に伴う環境社会影響の回避・軽減に向けたアドボカシー活動」のうち、ティラワ経済特別区の状況視察。400ヘクタールのZone Aから始まり、今は残りの開発地域2000ヘクタールの一部であるZone Bの工事が始まっている。この事業は、日本の官民がほぼ半分を出資して行っている、総面積2400ヘクタールという超大規模事業だ。

18burma4 これだけの土地が開発されるということは、それだけ多くの住民が移転を余儀なくされていることでもある。問題は、移転住民に十分な説明と補償がされていないことだ。メコン・ウォッチは現地NGOや住民組織ティラワ社会開発グループ(TSDG)からの状況の聞き取りをし、共に日本側の事業主体(主にJICA)に対して住民の要望を伝え、状況を改善することに努めてきている。私が訪問した日も、TSDGのメンバーが集まり、最近の状況を聞き取るところから話し合いが始まった。

●誰の責任? 日本でしょ。
 住民への補償が丁寧にされないと、移転を余儀なくされた人たちはそれまでの生計手段を失って、これからの暮らしの見通しが立たない。またこれから移転が始まる人たちも、工事が長引けば長引くほど様々な問題が発生していることがわかった。

共有地となる予定の土地。元々の所有者とミャンマー政府側の交渉が終わっていない。

共有地となる予定の土地。元々の所有者とミャンマー政府側の交渉が終わっていない。

 たとえばこの間、Zone Aの住民移転は終わり、移転当初よりは水道が通るなど生活環境は整ってきているが問題は山積み。そもそも農業を生業としていた人たちであっても、移転地には農地はない。そこで交渉の結果、3エーカーの共有地を与えられて、農業や畜産などを始める予定になっていたが、なんとその共有地の元使用者(*)への補償がされないままで、共有地を使えない状況が続いている。移転世帯のメンバーも、仮に共有地を使っていいことになっても、そもそもの使用者との軋轢が残るようであれば使いたくないと言う。
 Zone Aは農地が与えられていなかったこともあり、生計回復をねらったマイクロ・ファイナンスの事業も行われている。新しい生計手段を築くための、小規模なローンを組める事業だ。しかし前述の共有地の問題はここにも影響を及ぼしていることがわかった。住民の中には、共有地で小規模な事業を展開しようと考えて融資を得た人がいる。彼らは、既に苗や家畜や道具など、必要なものを購入していたという。しかし、土地の問題が解決しない内は事業を始めることができず、既に購入したものが無駄になったり、事業のために借りていたマイクロファイナンスの返済目処を立てられずにいる。

工事中のティラワ経済特区。まだ手つかずの土地も多く残されている。

工事中のティラワ経済特区。まだ手つかずの土地も多く残されている。

 ZoneAとZoneB以外の区域では、まだ移転の予定が立っていない人たちもいる。しかし、補償を決めるにあたって世帯調査が実施されたのは既に7年も前のことであり、この間に家族構成は変わっている。子ども達は結婚し、子どもが生まれ、家族数が増えたところは多い。増えた世帯が不法移入者扱いを受けることを、人々は恐れている。またそれまで受けていた農業向け融資が、移転を前提に止められたままで、財政的に苦しくなったところもある。
 補償についてのルールは決められている。ミャンマーでは、土地は国のもので、軍事政権下では不当な補償で移転を余儀なくされていた。JICAが協力する事業では、独自のガイドラインに従い、ミャンマー政府の補償を国際的な水準にひき上げる必要があった。
 しかしそれが遵守されていない。何度も話し合いを重ね、問題を深刻に受け止めていると言われ、対応してもらうことになっていても、その後の変化はみられない。土地についてはミャンマー政府側が対応することになっているので、日本は担当ではないらしい。しかし、住民の人たちは言う、「日本が出資しているのなら、事業を実施している人たちがきちんと規則に従って仕事をしていないのなら従わせるべきでしょ」と。物事の通りを知っているのは、まさに現地の人たちだ。

●メコン・ウォッチすごいな
 今、ミャンマーを担当しているAさんは、ミャンマーに常駐しているわけではない。年に3〜5回現地を訪れて聞き取りを調査を行い、アドボカシーに繋げている。しかし、住民からの信頼は厚い。その仕事が、誠意に満ちたものだからだろう。彼らの声をきちんと聞き取り、政府側とのやりとりなども合意された内容を文章化したものを確認し、正確な情報を持ってJICAを中心とする日本側に伝えて改善を求めている。
 開発事業は経済効果をねらうために、その発展に取り残され事業の足枷になる人たちの声をは表に出ないことが多い。表に出ない声を表に出しているのが、メコン・ウォッチの仕事の1つだ。それは地味だし、利益にならないことが多いが、メコン・ウォッチのような活動がなければ、開発の陰にいる人たちに光があたることはない。
 ちなみにティラワの住民にしろ、ティラワ経済特区の事業に反対しているわけではないのだ。ただ、実行するのならきちんと補償をして欲しいという、当然のことを言っているだけだ。しかし、それを言っているのは社会的に力のない人たち。能力はあっても社会的に力がなければ、その声に耳を傾けてもらうのは難しい。メコン・ウォッチは社会的に弱い立場の人たちが、たとえ政府相手であっても対等に議論できるようサポートしている。まさにNGOが取るべき立ち位置で、活動している。(M)

*ミャンマーでは土地は国家のもので、人々は使用権のみ持つ。