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特定非営利活動法人アーユス仏教国際協力ネットワーク

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平和人権/アジア

平和人権/アジア2018/09/26

「終戦」を目指す朝鮮半島で


米朝開戦か?とすら言われていた昨年から一転、今年に入ってからの朝鮮半島情勢は目まぐるしく前進しています。韓国・平昌でのオリンピック、初の板門店での南北首脳会談、そしてシンガポールでの米朝会談と、ここまで「対話」の場が度々設けられてきたことはこれまでなかったのではないでしょうか。
アーユスはこれまで長年関わってきた「南北コリアと日本のともだち展」(以下、ともだち展)の一員として、8月20日から28日までは朝鮮民主主義人民共和国、9月13日から17日までは大韓民国を訪問する機会に恵まれました。

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今回、平壌に到着してまず聞いたのは「みなさん、今まででいちばん良い時期に我が国を訪問されました」という案内員の言葉でした。8月下旬は、例年ならば米韓軍事合同演習が行われている期間。これまでは、「日本との違いも多いでしょうが、我が国が停戦中であり今も脅威にさらされているという事情はご理解ください」と伝えられるのが常であり、頭では理解していたつもりでしたが、軍事演習がないということが「いちばん良い時期」と表現されるほどほっとするものなのか、それほどまでに緊張を強いられているのか、と印象づけられる言葉でした。

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昨年は情勢を鑑みて訪問団も最小限の人数でしたが、今年は子どもの絵画交流に加えて大学生交流に参加する日本側の学生も参加し、賑やかになりました。

絵画交流では、例年参加してくれている平壌市ルンラ小学校とチャンギョン小学校を訪問し、「ともだち展」に出品してくれた子どもたちに、昨年度の展示会の様子を報告したり、今年の共同制作に取り組んだりしてもらいました。

ルンラ小学校では、展示会や交流会も実施、昨年の共同制作「大きくそだて、みんなの木」が2本登場しました。ここには東アジア各地域から寄せられたメッセージが、葉となって約300枚展示されました。展示会とあわせて行った交流会では、日本から訪朝している朝鮮学校の子どもたちが作品をみんなの前で紹介。平壌の子どもたちは先を争って「絵がみたい」「絵を描いたお友達に手紙が書きたい」と声をかけてくれました。実際に人の行き来ができないからこそ絵が子どもたちを繋いでいるのだと、ともだち展の意味を感じる瞬間でした。

また、これらの準備のためにルンラ小学校の先生方が入れ替わり立ち替わり時間を割いて携わってくださっていたことは印象的でした。子どもたちの心を伝え合う行事を長年続けてきたことが校内で共有されているからこそ、「自分たちの行事」との思いを持って関わってくださるのでしょう。事前に日本から持ち込んだ作品を一つずつていねいに見て、展示会当日は率先して絵画展の取り組みを子どもたちに説明していました。

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日朝の大学生交流は今回で6回目。過去にこの交流に参加した学生が、教員の立場で学生を引率してくれたり、大学院生となって通訳として参加したりと、OBGが引き続き来てくれていることも、長年の積み重ねを感じる出来事でした。日本からは6名の学生が、朝鮮からは平壌外国語大学民族語学部日本語学科の14名が参加しました。全員が初参加で若干緊張気味でしたが、貴重な交流の時間を一瞬も無駄にしないよう積極的に言葉を交わしていました。
あくまで一個人としての参加ではあるものの、こうした交流はどうしても「国」を背負ってしまうもの。「信頼関係をつくるには」をテーマにおこなったワークショップでは、立場の違いが鮮明になり戸惑う場面もありましたが、どちらも「日朝関係改善のために何ができるのか」「まずは相手のことを知りたい、関係性を続けたい」という気持ちをもっているのはみな同じ。厳しい言葉は相手を信頼しているからこそ出てくるものと感じられたはずです。

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一方の韓国訪問は、パートナー団体であるオリニオッケドンム(以下、オッケドンム)が主催する「東アジアピースリーダーキャンプ」に招待されたことで実現しました。これまでも、ともだち展はオッケドンムと相互に行事に参加しあってきましたが、今回は実に4年ぶり、しかも済州島での開催でした。

文在寅大統領の平壌訪問を目前に控え、また「済州4.3」70周年でもある意義深い時期というたいへん貴重な機会だったのですが、大阪から参加予定だった日本の子どもたちは関西国際空港の閉鎖により出発できず、残念ながら東京事務局だけの渡航となりました。当日は中国からの4名を含む40名が参加しました。

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キャンプでのハイライトは、4.3平和記念公園の訪問でした。済州島は観光地ですが、日本の植民地支配が終わったあと米軍政期間中に開かれた3.1独立運動を記念する集会で警官が発砲、これに抗議した島民が1948年4月3日に一斉蜂起、この動きに徹底的な弾圧がおこなわれ島民の10%ほどが亡くなったと言われています。 植民地からの解放と独立、南北分断という歴史の、最も厳しい負の部分を一手に引き受けてきた済州島で、悲惨な歴史を二度と繰り返さないために過去をしっかり見つめなおす作業が進んでいます。なかなか理解の難しい出来事ですが、館内を見学し平和公園に並んだ石碑に刻まれた名前(まだ名前もなかった乳幼児も)と年齢(10代など本当に年若いものも)を見るだけで、子どもたちは深い衝撃を受け、「なぜ罪もない市民が殺されなければならなかったのか」「大切な人をこんなにもたくさん失った済州島の人たちの気持ちは想像もできない」と綴りました。

ともだち展の共同作品づくりもおこないました。今年の共同制作は、日本、朝鮮、韓国、中国、東アジアのいろいろな場所を絵で紹介し、そこに出かけていく自分の姿も描きます。今回は済州島を紹介する絵を、グループごとに描いてもらいました。会場ではともだち展の作品も展示し、子どもたちは興味深げに絵を観覧していました。

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さらに、ソウル近郊、京畿道軍浦市の小学校も訪問しました。この小学校は、ともだち展にも作品を送ってくれた学校で、それらの作品がどのように各地で紹介されているか、また平壌の子どもたちがどんな様子で参加してくれているか、写真を交えて説明しました。子どもたちにとって、今や北朝鮮は遠い場所。そんなところに、大統領よりも先に絵で行き来できているのか!という驚きがあったようです。廊下に展示した作品も、たくさんの子どもたちが見に来てくれていました。ただ絵を「送るだけ」の関係ではなく、直接行ってきた人たちが話を伝えること。それが、子どもたちに未来の自分を想像させ、またテレビのなかで起きている出来事に、自分も参加できるんだ!という気持ちをもってもらえる、いちばんの早道だと思います。

日本ではまだまだ、「お隣の国の出来事」「政治の場での出来事」でしかなく、東アジアの一員として地域の平和づくりに寄与する方法は実感できないのが実情でしょう。けれども、「あんな危険な国と」ではなく、「平壌にいるAさんと」「済州島で出会ったBさんと」いつかまた会う平和な東アジアを想像できるようになったとき、歴史はより良い方向にまた一歩前進できるのではないでしょうか。(〒)