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特定非営利活動法人アーユス仏教国際協力ネットワーク

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その他の地域2021/01/08

先住民族と生物多様性 ー上村英明さん


 これは、2010年に発行したアーユス仏教国際協力ネットワークのニュースレター「ayus vol95」に、先住民族の問題に長年取り組んでこられた、上村英明さんが寄稿されたオピニオンです。(特集「生物多様性を豊かにする移動式焼畑農業 -先住民の知恵に学ぶ」はこちらから
 開発によって自然が破壊される中で、自然と密接に暮らす先住民族の生活や文化も破壊されています。それは貧困者の貧困を深め、知恵をも奪っていきます。
 たとえば、焼畑農業は地球温暖化を進めると言われていますが、先住民族の焼畑は、表土を流出させることもなく、生物多様性の点でその復元力も極めて大きいことが証明されていますが、それを伝え続けるための教育の機会も失われつつあるのが現状。
 焼畑という「未開な民族」の「未開な農法」という偏見や差別に光を当てるのが、生物多様性という視点でもあります。
 上村英明さんは、2020年度の「茂田眞澄賞(アーユスNGO大賞)」を受賞されました。寄稿されてから10年経つ今も響くメッセージを、授賞を記念に再録いたします。


先住民族と生物多様性-生物多様性条約と人権・開発・環境
上村英明さん(市民外交センター代表、恵泉女学園大学教授)

 聞きなれないかもしれないが、「生物多様性条約(CBD)」と呼ばれる国際環境条約がある。1992年リオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)を機に採択された条約で、「気候変動枠組条約(FCCC)」とともに、国際環境条約の双璧をなしている。FCCCが地球環境の悪化を温室効果ガス(代表はCO2)の増加で計るのに対し、CBDはそれを生物の多様性の減少で計ろうとする。FCCCがエコカーやエコポイント、京都議定書やバイオ燃料などで有名かつ身近であることに対し、CBDは自分の生活圏から離れた地域に「生き物保護区」を設定する条約と思われがちだ。しかし、CBDでは、地球環境の悪化の原因が人間の経済活動やライフスタイルと明確に認識されており、その意味で、生物の多様性を通した地球環境問題と人間の問題である開発、人権を密接に結びつけて考える構造をもち、ある意味で身近な条約である。そして、この総合的な問題の解決主体として、条約は、先住民族(条文上は「先住民族・地域共同体(ILC)」)を規定している。

 他方、先住民族は、2007年国連総会で、「先住民族の権利に関する国連宣言(UNDRIP)」が採択され、その集団的および個人的人権規準が公式に確認されて以来、差別や権利侵害と闘うためにUNDRIPの実現を精力的に働きかけてきた。こうした先住民族にとって、CBDは、以下のような条項をもち、その権利の実現にいくつかの点で大きく関連している。例えば、締約国は、ILCの「知識、工夫及び慣行を尊重し、保存し及び維持」し、またILCの「承認及び参加」の下に生物資源を利用し、その利用がもたらす利益の「衡平な配分」を行う。(第8条j項)さらに、締約国は、「伝統的な文化的慣行」に沿った生物資源の利用を「保護し及び奨励する」(第10条c項)、などの条文がCBDでは規定されている。

 さて、では具体的に、生物多様性条約は、先住民族の権利保障にどのように有効なのだろうか。

 まず、世界の各地域で、先住民族の生活や文化は、依然として自然との間に密接な関係を維持しており、こうした自然が破壊されることは、先住民族の生活や文化のさらなる破壊を意味している。これは、実は先住民族にだけ限られたことではない。CBDを巡る議論では、自然から得られる便益(「生態系サービス」)は、世界の貧困者の福利の半分を占めると説明されており、自然が破壊されることは、世界の貧困者の貧困をさらに深め、彼らの人権を著しく侵害するものである。もちろん、自然に生活を依存した「貧困者」を都市の「貧困者」と簡単に一括することはできないが、自然に生活を依存した「豊かな貧困者」が、自然の破壊によって真の「貧困者」に転落することも明らかだろう。

 そして、近代世界の始まり以降、自然は、そのままでは「(貨幣的に)無価値」である、つまり森は伐採して材木にし、地下資源を掘り出し、あるいは更地にして売り出さなければ価値がないという「市場主義イデオロギー」に基づく開発プロジェクトで破壊されてきた。先住民族にとって、このイデオロギーは、先住民族の文化は「野蛮で未開」であり、消え去る運命であるとした「文明化の使命イデオロギー」と表裏一体のものである。その意味で、生物の多様性の確保は、文化の多様性の確保と密接な関係があり、「伝統的知識(TK)」や「伝統的文化慣行」は両者を結びつけるものとして、CBDの第8条j項や第10条c項に明文化されているといえる。この点、自然や生物資源を価値あるものと捉えるCBDは、UNDRIPを実現するための重要な条約であり、同時に、2009年に公開された映画「アバター」が描くように、先住民族に次々と襲いかかる暴力的な開発プログラムに歯止めをかける大切な国際文書なのだ。

 次に、CBDは、近年展開されている国際プログラムを先住民族の視点からみ直す視点を与えてくれる。例えば、先住民族は、「ミレニアム開発目標(MDGs)」やFCCCの緩和政策や適応政策(地球温暖化の進行をくい止めまた社会・経済への影響を軽減する政策)に、自らの人権を侵害するとして、異議を唱えてきた。

 MDGsでは、ゴール2で「初等教育の完全普及の実現」が謳われている。しかし、先住民族の多くの地域では、この目標の下、民族としての教育権が保障されない中、「国民教育」の圧力が拡大している。「国民教育」では、国語を始め、国民としての歴史や道徳が重要視され、また施設の拡充を理由として共同体の小さな学校がその外にある大きな学校に統合されている。その結果、民族教育や住民の運営参加が可能な共同体の学校は廃校となり、また「国民教育」だけを受けた若者は、民族アイデンティティに対する劣等感を持ち、共同体を棄てて都市に向かう。こうした現象をCBDでは、次のように評価できる。先住民族の民族教育や住民の運営参加が可能な共同体の学校では、生物資源の持続可能な利用に関する「伝統的知識」や「伝統的文化慣行」を学ぶことができる。つまり、こうした学校の廃校や統合は、「伝統的知識」や「伝統的文化慣行」の消失であり、若者たちの都市への移動とともなって、自然環境や生物資源の荒廃を意味している。

 さらに、地球温暖化の防止や軽減のために取られている緩和政策や適応政策にも、先住民族の権利という視点からいくつもの問題がある。自然そのものを無価値と見る「市場主義イデオロギー」によって、とくに熱帯林地域で、先住民族は土地を追われ、大規模な商業伐採が行われてきた。これに対し、政府や伐採企業によって、近年緩和政策として大規模な植林が積極的に行われている。植林されている樹種は、外来種で、成長が早くパルプ・木材用に使えるアカシア(ハイブリッド)や「環境に優しい洗剤」の原料となるパームオイルが取れるアブラヤシなどで、この商業伐採地は、これらの樹種のプランテーションに転換されている。FCCCからみればこうした政策は評価されるが、先住民族の権利という視点ばかりでなく、CBDの視点からみても、これは大きな問題になる。つまり、外来種のプランテーションでは、商業伐採によって失われた生物多様性や生物資源は回復されないからである。加えて、焼畑もまとめて温暖化の原因という評価が根強く行われてきたが、都市住民が一方的に入植地で行う焼畑と違って、先住民族の焼畑は、表土を流出させることもなく、生物多様性の点でその復元力も極めて大きいことが証明されている。その点、CBDは、焼畑という「未開な民族」の「未開な農法」という偏見や差別に光を当てる手段でもある。

 最後に、遺伝資源の利益の「衡平な配分」という問題も、先住民族の権利に大きな影響を及ぼしている。日本のメディアは、これを先進国対途上国の対立・利権争いと報道するが、「バイオ・パイラシー(生物資源に対する「海賊行為」)」の大きな犠牲者のひとつが先住民族であることを忘れてはならない。とくに、金銭的な利益配分だけでなく、生物資源を貨幣的に利用しない権利も含めて、先住民族の多くは、これに多大な関心を寄せている。

 名古屋では、10月18日~29日にCBDの第10回締約国会議が開催され、世界各地から150名を越える先住民族が参加し、10月23日にはこれに参加したタイの山岳先住民族カレン民族のプラサート・トラカンスハコン氏を講師に学習会がアーユス事務所で開催された。生物多様性を守ることを含めた民族小学校の実践例も紹介されたが、こうした実践への日本からの支援もささやかながら期待したい。


上村英明(うえむら・ひであき)
1956年、熊本市生まれ。1981年、早稲田大学大学院経済学研究科修了。1982年、人権NGO「市民外交センター」を設立して、以来代表。(1999年、市民外交センターは、国連のNGO協議資格を取得。)2002年、恵泉女学園大学教員、現在教授。(2010年、市民外交センターはCBDCOP10で、先住民族の参加をローカル・ホスト団体として支援。)