平和人権/中東
平和人権/中東2020/08/12ツイート
【街の灯トーク#5】経済危機のレバノンに生きる難民 そしてコロナ禍⑤
レバノンに住む難民の声 「関心を寄せ続けて欲しい」
枝木 この間、現場からも声を聞いていらっしゃるとのことですが、そのあたりご紹介ください。
田浦 お一人目、ベイルートのブルジバラジネ難民キヤンプに暮らしている、シリアから逃れてきたパレスチナ系シリア難民の方です。今3人のお子さんとご主人と生活されています。ご主人が糖尿病と心疾患を患っていて今は無職の状態。今が本当に人生で最悪とおっしゃっていました。以前は、誰かが大変な時はみんなで助け合って生活をしていたのだけれど、今はみんながお金がないのでそういうことがなかなかできない。毎日、子どもにどうご飯を食べさせるかで頭がいっぱい、さらに感染への不安、子どもたちの将来がどうなるかと教育のことも不安だとおっしゃっていました。
次がベイルートにあるシャティーラ難民キャンプに暮らすお母さんのお話です。夫と7人のお子さんと暮らしているそうです。大きい子は20歳を超えたくらい。ご主人が11月に経済危機の影響を受けて、もともと日雇いのお仕事をされていたのがなくなりました。加えて、2人のお子さんが現地によくある風土病の地中海貧血、サラセミアを患っていて、薬代が毎月15万レバノン・ポンド、だから100ドル、今はもっと高くなっていますが、それくらいかかるそうです。そのためにお肉など栄養価の高いものが高くて買うことができず、本当はこの子達に栄養のあるものを食べさせたいのだけれど、できない。
食料配布をしたときにイードというイスラームの祝祭があったのですが、本来でしたらみんながご馳走を作ってお祝いをするのが、今年のイードではなかったとみなさんおっしゃいます。通常なら、親戚の家を訪ねるなど交流があるのが、今年は何もありませんでしたと聞きます。
そしてもうひとりの方はブルジバラジネキャンプに住む方です。夫と7歳、13歳、16歳と本当に育ち盛りの子どもたちと暮らしています。夫が昨年10月の経済危機が始まってから失業しました。最近はストレスがたまって夫との喧嘩が絶えない、ダメだとわかっているんだけれど子どもに手をあげてしまう。その理由が、子どもがご飯を食べたいとか、〇〇が欲しいというのを制止するためで、自分でダメだとわかっていても子どもに手をあげてしまうというんです。ミルクも、子どもがずっと飲みたいと言っていたけどほんと高くなっていて買えずにいたので、今回の支援に入っていて本当に嬉しいとおっしゃっていました。
この方がおっしゃるには、「私達レバノンのパレスチナ難民はずっと“貧しい人”と周りから言われてきたけれど、こういう状況の中でもっとも貧しい人になってしまいました」ということで、この言葉は印象的でした。この先、これ以上何が起きるんでしょうとかと、今の生活が本当に大変だと切実な声が聞こえてきました。
枝木 このトークイベントのシリーズで、日本の難民をめぐるお話を聞いたのですが、今日のお話にも通じるものがありました。仮にお金がなかったとしても、家族、親戚、もしくは宗教施設など、助け合える環境があったのが、みんなが経済的に苦しくなり、また直接会えないとか、イードでの食事ができないといったような、これまで意識しなくてもお互い補完しあえた行為や行いまでもこのコロナ禍の中でできなくなったのが、レバノンの難民の中でも、まさに起きているんだなと痛感しました。
パレスチナ子どものキャンペーンは、今後はどのような活動が予定されていますか?
田浦 山間部での食料配布を先週から始めたところで、それが終わったあと、8月から9月にかけてもう一度ベイルートと山間部で食料配布を行いたいと計画しています。
山間部は、ほんとに雪が積もって冬になると氷点下10度を下回る地域なんですね。この地域の人たちが冬を乗り切り命を守れるかは、食料もですが燃料を手に入れられるかどうかにかかっています。そのために、山間部では、冬場には燃料配布を行う予定にしています。
枝木 私達も自粛して在宅しているとつい半径1キロメートルの中でしか考えられなかったり、自粛している自分が大変だと思う部分があったのですが、パンデミックは世界中の人たちに影響を与えていて、そこが解決しない限り、コロナをめぐる問題は解決していかないのでしょうね。
田浦さん、今日のお話を聞いていると、どう希望を持っていいのかわからない気持ちになります。なかなか外からの支援で自立できる方々ではないと思いますが、今後どういうふうにつきあっていきたいとか、思いがあれば聞かせてください。
田浦 こうした現状の中では、支援に頼らざるを得ない人たちだと思います。現地に言ってよく言われるのは、日本という遠い国の人が自分たちの状況や課題に関心を寄せてくれてありがとうということです。問題や状況に関心を寄せるのが現地の方にとっては生きる力になっている。いろいろな形の支援があると思いますが、どういう形であれ、関心を持つことだけでも支えになるようです。
一方、私も支援活動に係る中で、彼らから勇気をもらっています。現地の提携団体やうちの現地職員も、自らがパレスチナ難民でありながら日々奔走しています。なんで自分も難民でありながらこんなに頑張れるのだろうと、私が励まされています。
枝木 現地のパートナーの方々自身も難民なんですよね。
田浦 その中には内戦などで何度もキャンプにある自分の家を壊されて、自分の過去の写真なんて持っていないという方もいます。なんでそんなに頑張れるのと聞いたら、それが自分の人生だと思っているし、これが私のライフワークだからとおっしゃる方が多くて。
枝木 私もお会いしたことがありますが、惹きつけられる方が多いですよね。
レバノンの難民の方が他の国の難民のかたより制限が多いということですが、この状況が変わるという展望はあるのかというご質問がきていますが、いかがでしょうか・・・。
田浦 正直、今の段階ではよけいに厳しい状況になっていると思います。排斥運動やそうした声が世論としてレバノンの中で大きくなっていくと、ますます大変な状況になるのではと私達も懸念しています。
枝木 排斥運動というのは怖いですよね。
コロナ禍や経済不況下になる前と比べてこの支援の地域や規模もかわってきているのでしょうか。
田浦 もともとシリア難民への支援も、シリア危機が始まった直後から2014年、2015年の頃までと比べると、国際社会の関心も薄れて支援が減ってきているのが実情です。UNRWAからの支援も減るし、NGOからの支援も減っています。NGO間の調整のミーティングに出ても、うち以外にパレスチナ系シリア難民に協力している団体はないんだと残念に思うことが多くあります。ニュースで取り上げられる機会も減ってきているというのが残念なところです。
枝木 レバノンの経済状況は好転する見込みがあるのでしょうかという質問もきていますが。
田浦 うーーーん。今のところ厳しいですよね。この経済危機が起きる前から累積で負債が続いていて、国債もこの3月に返せなくて、IMFの支援がおそらく今後入ると思いますが、すぐに好転する状況は考えづらいですね。
枝木 田浦さん、まだまだ伺いたいのですが時間となりました。最後にひとことお願いします。
田浦 今夜、初めて私達の活動について聞いてくださった方も多いと思いますが、本当に関心を寄せていただくことが現地の人たちにとって、今日明日を生きていく力につながっていくと思います。今回コロナという世界共通のパンデミックという共通の課題があるからこそ、自分だけが助かればいいというのではなく、一緒に乗り越えていく必要があるんじゃないかと思います。引き続き、こうした方々に関心を寄せていただくと現地の方も嬉しいですし、私達も日々支援活動をする力になるのでよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
枝木 パレスチナ子どものキャンペーンは現地の女性たちと、伝統的なアラブの刺繍を使って、きれいな手工芸品を作って日本でも販売しています。これは女性たちのエンパワーメントにもなっていますよね。
田浦 お母さんたちは家で内職してこれを作り、日本で販売をしています。子育ての合間合間でおうちのなかでできるので、少しでも生活の糧に当ててもらえればと思って販売しています。ぜひWEBSITEも見ていただければ幸いです。
枝木 今日のお話を伺っていても、私達は光の当たらないところに光を当てる、という思いで活動していますが、私達が光を当てる前に、パレスチナ子どものキャンペーンがレバノンというところに住んでいる難民に光を当てていたからこそ、私達もそこに目を向けることができたと思います。今夜の機会を通じてさらに多くの人たちもレバノンに光を当てていたければ、私達も嬉しく思っております。
枝木 田浦さん、ではこれからも活動は続くことですし、またこうやっていろいろとお話を伺えたらと思います。ありがとうございました。
田浦 ありがとうございました。