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平和人権/中東

平和人権/中東2015/03/26

支援が行き届きにくい人たちに対する巡回診療活動


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支援が行き届きにくい人たちに対する巡回診療活動

 今回の研修の目的の一つは、日本国際ボランティアセンター(JVC)がパレスチナの医療NGOと共同で実施している巡回診療の様子を視察することでした。

 JVCパレスチナ事務所スタッフの案内で東エルサレムから公共バスに乗ってヨルダン川西岸地区のラッマーラまで移動。JVCのパートナーNGOであるPMRS(=Palestinian Medical Relief Society、パレスチナ医療救援協会)がラッマーラ郊外のベドウィン(注1)居住地で週一回行っている巡回診療の様子を見に行きました。

 私たちが訪問したベドウィン居住地は、幹線道路のすぐ脇にある場所(但し、幹線道路には直接アクセスできない構造)で、居住地全体を眼下に見下ろす丘の上にはイスラエルの入植地があります。幹線道路は入植地の人たちが使う目的できれいに舗装されている反面、居住地に通じる道は舗装されていないどころか荒れた状態だったのが強く印象に残りました。

2015palestine21 PMRSの巡回診療は居住地の集会室で行われ、プライバシーを守るため簡易の仕切りが設置されていました。この居住地には電気が通っておらず、ジェネレーターで3時間ほど電気をまかなうのがやっとのようです。この日診察を受けた患者は24名でした。70種類余りの薬が用意され、男女1名ずつの医師と2人の看護師による診察が行われました。診察が始まると同時に待ち構えていたかのように女性たちが次々と訪れ、医師に診てもらっていました。ここは全体的に皮膚疾患の人が多く、出産はラッマーラの病院での施設分娩が奨励されているそうです。

2015palestine22 続いて、居住地にある学校を訪問しました。この居住地はイスラエル軍が行政権・軍事権を握るC地区(注2)にあるため、一切の建築が許されておらず、コンクリートの使用が禁止されています。そこで住民は2800個ものタイヤを積み上げてそこに土を塗り込んで壁を作る方法で教室を作りました。なんでもブラジルの学校で使われている方法をインターネットで発見して、見よう見まねで作ったそうです。建物の維持管理はヨーロッパのNGOが支援しており、1つだけあった太陽光パネルはベルギー政府の補助金で設置されたとの説明を受けました。約150名の子どもがこの学校で勉強しており、管轄外ながらパレスチナ自治政府から15人の教師が派遣されているそうです。

 この居住地を見下ろす入植地からはしばしば素行の悪い入植者がやってきて、ベドウィンの人たちに嫌がらせをしているそうですが、イスラエルの警察は取り締まっていないとのこと。以前、イタリアの団体から寄贈された遊具がコンクリートを使っているとの理由で入植者たちによって撤去されたという話をその残骸を見ながら聞きました。

2015palestine23 定住地の生活は過酷そのものです。とにかく家を建ててはいけないことになっているので、人々は簡易な掘っ立て小屋のようなテントでの生活を余儀なくされています。近くにある井戸は入植地用で使用を禁じられているため、飲料水をイスラエルの業者から買うしか方法がないそうです。ここを含めた5箇所の居住地で1ヶ月合わせて5000シュケル(約15万円)で、彼らにとっては大きな出費となっています。以前は入植地で働くこともできましたが、現在はそれもできなくなり、羊を育ててその乳から作る乳製品の販売と、羊1頭を1000シュケル(約3万円)で売るのが唯一の現金収入になっています。

 ここに住むベドウィンの人たちは、常に入植地からの監視の目に晒され、圧力を受け続けながらも、行政サービスを提供すべきイスラエル政府から見放され、パレスチナ自治政府の補助も得られない八方ふさがりの状況に追い込まれています。宙ぶらりんの状態にある彼らを支援するために、医療・衛生改善、雇用・収入向上、教育等のサポートが求められますが、充分に届いていないのが現状です。

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 イスラエルとパレスチナの対立の陰で、この定住地に住むベドウィンのような人たちの存在がいることは国際的に見過ごされているといえるでしょう。実際に私自身もここを訪問するまでベドウィンの人たちがこれほど過酷な状態に置かれていることを知りませんでした。イスラエルによる分離壁や入植地建設に伴う問題で、彼らは人間としての生活を営む最低限の権利さえも奪われています。もっとも支援を必要としている人たちと言えるでしょう。彼らの声に耳を傾けながら巡回診療を続けるPMRSの医療スタッフの人たちの献身的な活動に頭が下がる思いがしました。

 JVCは1995年からPMRSと共同で村の診療所や巡回診療の支援を開始したのを手始めに、2002年には第2次インティファーダを受けて緊急医療支援を実施。そして、現在は東エルサレムで学校での検診や保健教育の活動を共同で行っています。今回の訪問で、JVCとPMRSの間で長年にわたる確固とした信頼関係があるからこそ、巡回診療の活動が続けられていることを強く実感しました。こうしたつながりこそが海外で活動する日本のNGOにとって大切な財産であり、NGO活動を軌道に乗せていくために必要不可欠な条件であることを改めて思い知りました。(D)


注釈

(注1)アラビア語で「砂漠の住人」を意味する一般名詞で、一般的にパレスチナを含む地中海沿岸からアラビア半島にかけて、定住を好まず、季節・環境の変化によって簡易住居を動かし、移住を繰り返すアラブの人たちを総称して使われています。パレスチナに住むベドウィンも50年ほど前まではこのような生活を営んでいましたが、イスラエルが分離壁を建設するようになってから移住生活が困難になり、一度土地を離れるとイスラエルの入植地にされてしまう恐れもあることから定住を余儀なくされるようになっています。

(注2)ヨルダン川西岸地区は、イスラエルによって3つの地区に分けられており、A地区はパレスチナ自治政府が行政権・警察権を持っている地区。B地区はパレスチナ自治政府が行政権、イスラエル軍が警察権を掌握する地区。C地区はパレスチナ人の日常生活が大幅に制限されており、イスラエルの許可なしに家屋や学校などの建築・改築、井戸掘り、道路敷設などは許されていない。しかも許可が認められるケースはほとんど無い。