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エンゲイジドブッディズム

エンゲイジドブッディズム2024/06/26

【6月】ノイズを排除すると・・・?


 今話題になっている『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)。著者・三宅香帆さんは幼いころから読書が大好きで、社会人になったら給料で好きなだけ本が読める、と楽しみにしていたのが、就職して1年後にふと気づきます。私、今、ぜんぜん本を読んでいない!時間があるときでも手にしているのはスマホだ・・・。

 好きな本も読めない働き方って何かおかしい,とやがて退職し、現在は文芸評論家として活躍している三宅さんは『なぜ働いていると~』で、日本人がどのように働いてきたかについて、時々のベストセラー本を切り口に一望しました。

 かつての日本人は仕事をしながらでも本を読めていました。それが変わったのは30年ほど前からのこと。「情報」と「効率」が台頭してからです。三宅さんは「情報」と「読書」を対比し、後者を「ノイズ(雑音)」と喩えます。たしかに、現代の生活からは巧妙にノイズ=不効率なものが排除されやすくなっていると思います。そのために、私たちの暮らしから、潤いや想像力が乏しくなっているとも。

 『なぜ働いていると~』から引用します。「本を読むことは、自分から遠く離れた他者の文脈を知ることである。しかしそれは遠く離れているとはいえ、自分と完全に切り離されているわけではない。いつか自分につながってくる文脈なのかもしれない」「働きながら、働くこと以外の文脈を取り入れる余裕がある。それこそが健全な社会だと私は思う」

 この本を読みながら、唐突なようですが、映画『関心領域』を思い出しました。アウシュビッツ収容所の隣に建つ邸宅での日常を映すこの映画は、隣の収容所から届く音も何もかもが関心の外にあるように描かれます。そこでの平和で安穏な暮らしは、壁の向こうで行われていることや、自分の家族が関わっていることをノイズとして排除したところで成り立っているものでした。客観的に見ればおぞましいその生活は、過去の歴史上の出来事ではなく、今の、自分の姿ではないかと振り返ります。ノイズを排除したことで生まれるのは、効率以上に、自らの疲弊と非情でしかないと。(アーユス)