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エンゲイジドブッディズム

エンゲイジドブッディズム2023/07/28

【7月】「正しさ」への反発と対応


 この7月、意外な売れ行きを見せた岩波書店の出版物2点がありました。1点は雑誌『世界 8月号』。同誌は発売まもなく品切となって増刷が決定します。増刷は『世界』の長い歴史の中でも異例のこと。大方の読者の目当ては特集「安倍政治の決算」でしょうが、他に、ミャンマーの将来について語ったキン・オーンマー氏へのインタビューも読みごたえがあります。ぜひご一読ください。
 もう1点は『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波ブックレット)。月初に発売されるや初刷はたちまち売り切れ。そんなに売れるとは出版社も想定していなかったのか、品切状態は長く続き、ネットオークションではプレミア付で取引され、増刷分が店頭に並ぶようになったのは月末のこと。
 ネットなどでたびたび見られる「ナチスは良いこともした」という言説への反証を主とした本書。本編においては歴史学的に精緻な検証をしていますが、前書きと後書きで、それらが繰り返し主張される心性について考察しています。
 そこでまず指摘されるのが「政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)」への反発です。社会や学校において認められている「正しさ」は、時として権威をまとい、しばしば抑圧的に作用します。それら「押し付けられる奇麗事の支配」への反発が、異論の方に魅力や真実味を感じてしまうことはあるようです。
 ナチスの良いところを認めようとする心性には、相対主義もありそうです。ナチスを絶対悪と見做すことは思考停止ではないか。ナチスを怪物扱いするのではなく、良いところや自分たちに通じるところもあると見ていくことが、新たにナチス的なものを生む抑止につながるのではという考えです。この見方にはうなずかされる点もありますが、相対主義は往々にしてそれ自体が思考停止になりかねないことに注意をしなければなりません。「絶対悪はない」というのを結論ではなく出発点とし、事象を丁寧に解きほぐして見ていく意思と態度があってはじめて、想像を超えた悪の実態へ近づくこともそれを阻止することも可能となるでしょう。それは「正しさへの反発」へ応対するときにも言えることと思います。
 「美しい国」を志向した安倍政治と「第三帝国」を誇ったナチスをそれぞれ検証した図書が、期せずして同時に出版されヒットしています。この現象が、物事への冷静な「検証」は、議論にも行動にも不可欠であることに人々が気づいてきたことの現れであることを願います。(アーユス)