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エンゲイジドブッディズム

エンゲイジドブッディズム2022/08/26

【8月】見たくないものは、いつしか無かったものになる


 今年の7月に起きた、安倍元首相の殺害事件。その後、犯人の身元がはっきりするまで不安に駆られていた人たちがいます。在日コリアンの方々でした。

 もしも、犯人が在日コリアンだったら、またヘイトの波が煽られる・・・と。実際、既にSNS上では「安倍さん撃った犯人は中露に雇われたやつ・帰化人・在日」などの書き込みが相次ぎました。

 デマによる誹謗中傷は、今に始まったことではありません。

 この9月1日は関東大震災による犠牲者の100回忌にあたります。1923年に発生した関東大震災では、死者・行方不明者は10万5千人に及びました。その中には、デマに躍らされた民間の自警団による暴行のために殺された人びとが含まれます。その数は確定していませんが数千と見られ、ターゲットとなったのは朝鮮人でした。「朝鮮人が暴徒となって放火をしている」「朝鮮人や共産主義者が井戸に毒を入れた」などの情報が内務省から警察、そして新聞社を通して広まると、民間で組織された自警団によって、朝鮮人への襲撃が行われます。それにより、多くの人びとの命が奪われました。

 犠牲となったのは朝鮮人だけではありません。ことばが怪しいと見做された障害者や地方出身者が対象にもなりました。そのひとつが福田村事件です。千葉県福田村では、9月6日、香川からの行商人一族9人が自警団に殺されました。その事件を扱った映画が、現在撮影中です。森達也監督は「残虐な行為を行った人たちは、善良で穏やかだった。人は冷酷だから残虐なことをするわけではない」と語ります。

 今年の9月1日も、墨田区横網町公園にて、朝鮮人犠牲者の追悼式典を行われます。1974年から続いているこの式典に、歴代都知事は追悼文を送ってきましたが、2017年から小池都知事は追悼文を送っていません。「すべての犠牲者を追悼している」という理由からです。その一見中立な態度は現実には、朝鮮人虐殺はなかった、あるいは暴動計画は本当だった、という歴史修正主義者への加担になっています。

 大震災当時は、ネットもテレビもラジオさえなく、情報は主に新聞から、他は口コミでした。限られた情報によって人が惑わされたのでしょうか。いえ、情報量からすれば当時とは比べることもできない現在の私たちが、当時の人びとと大差ないような行いをしています。

 人は見たいものを見たいように見る。見たくないものは見ないでいると、あったこともいつしか無かったかのように思える。 ものの姿が違って見える。人のことではありません。我が身もまた。