本年度の「Yahoo!ニュース/本屋大賞ノンフィクション本大賞」に選ばれた『海をあげる』(筑摩書房)は、著者自身の苦い離別体験から始まる。自分の家族の歴史、地元の老人や若者から聞き取ってきた声が織り重なり、次第に体温を持って浮かび上がるのは沖縄の現実。底流にあるのは、著者・上間陽子氏の静かな怒りだ。
上間氏は沖縄県で生まれ育った。現在は琉球大学教授。専攻は教育学で、近年は主に未成年の少女たちの聞き取りを通して、見過ごされがちな社会の歪みを明らかにしてきた。それは研究に留まらず、この10月から、十代の母子を対称としたシェルターを開設し、運営に当たっている。ノンフィクション大賞の賞金もシェルターの運営資金に充てられるそうだ。
上間氏が、少女たちの聞き取りに心を砕くのは、自身が沖縄で生まれ育ったことと無関係ではない。日常的に、暴力を避けることを意識させられてきた。母となった現在は、そんな思いを娘にさせてきた親もまたどれほど辛かったかと思いを馳せる。
そんな環境をもらたしているのは言うまでもなく基地だ。なかでも、辺野古基地建設は、地元住民にとって、環境だけでなくさまざまなものを破壊していると本書から伝わる。強い政治的メッセージとも読める。それが匿名の悪意の標的になることは予想される。上間氏は受賞スピーチにおいてこう訴えた。「今日この賞が発表されて、明日からYahoo!のコメント欄は荒れるでしょう。どうかそこにある言葉が、自分の持ち場で動かれた方々を傷つけることがないようにと願います。できることなら、日本中を覆う匿名性を担保にした悪意の言葉が、どれだけ人を削り奈落の底に突き落とすのか。ここにいるYahoo!の関係者、おそらく私がこれまで会うこともなかった偉い方々に考えていただけたらと思います。私たちが見たかったのは、本当にこういう社会なのでしょうか」
アーユスは「光の当たらないところに光を」を活動の主軸にしつつある。これは対外的に、社会の不公正や不平等・理不尽への異議申し立てでもあるが、同時に、「私には見えていないものがある」という自覚と、「光を逸らしているのは私自身ではないか」という自戒も含まれている。光のあたらないところで呻吟するいのちに思いを馳せながら、上間氏のこんな言葉に同意する。「残されたのはただひとつの希望です。それは、私たちはまだ正義や公平、子どもたちに託したい未来を手放さないということだと思います」(アーユス)