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特定非営利活動法人アーユス仏教国際協力ネットワーク

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エンゲイジドブッディズム

エンゲイジドブッディズム2020/04/30

【4月のメッセージ】身体的距離と心の距離


2015bokin

 新型コロナウイルス感染症対策として、スーパーやコンビニのレジ前の床には等間隔にビニールテープが貼られ、客どうしが距離をとるような配慮がされるようになりました。会議場では着席する椅子の間を広くとるようにもなりました。これらは「ソーシャルディスタンス」と呼ばれています。

 日本語では「社会的距離」と訳されることが多いこのことばは、元々は社会学の概念。人と人、集団と集団の親密感や親近感を表すものです。感染症予防のためなら「ソーシャルディスタンシング」が正しい使い方。人と人の接触を、物理的な距離を取ることや接触する回数を減らすことで感染症の拡大を抑えようという方法です。そのためには学校を休校にし、人が大勢集まる場を閉鎖するなど、社会的営みを行わないことも含まれるためにソーシャル、つまり社会的という言葉を用いて表現されたようです。

 しかし、社会的距離を取らないという言葉からは、家族など大切な人との関係も絶たないといけないのかと、孤立感から精神的なダメージを受ける人がでてきています。そのために、世界保健機構(WHO)をはじめとする機関では、身体的距離はとりながらも人間どうしのつながりは保ってほしいとの願いから、「フィジカルディスタンシング(身体的距離)」ということばへの言い換えが勧められ始めました。事実、誤用としての「ソーシャルディスタンス」が、本来の、それも悪い意味での「ソーシャルディスタンス」が進み、分断や差別を生んでいるのではと思われるケースはすでに散見できます。

 他者と物理的距離を取ろうという狙いは、互いの健康を慮ってであるはずです。だから、物理的距離を取ることと精神的距離を縮めることはイコールであってほしいと思います。しかし物理的距離を取ることで、外の世界で起きていることへの共感が生み出されづらくなることもあるでしょう。

 新型コロナは社会のさまざまな場面で困難を広げています。それは新型コロナが生み出したのではなく、もともとあった歪みや困難が、新型コロナによって露にされたと見た方がいいでしょう。まずは自身を感染から守らなければいけません。でも、私たちの命は、多くの他の命とのつながりの中で生かされていることも忘れてはいけません。今、たくさんの命が、社会の陰でこれまで以上の苦難を強いられています。アーユスはそれらを視野に入れつつ、光の当たらないところに光を照らすよう、活動を進めています。