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エンゲイジドブッディズム

エンゲイジドブッディズム2026/04/30

【5月】 思い込みの定義にしばられてませんか


 戦争時に、侵略国が侵略先の言語を禁止し、自分たちの言語を強要するケースは歴史上で多々見られます。強要する側の都合のためですが、しばしば「善意」の衣をまとい、それゆえ自分たちの横暴に気づけないということもあるようです。
 そんな事例は実は平時でも、しかも現代の香港や日本でもありました。健聴者がろう(聴覚障害)の方たちに対して行ったことです。
 アダム・ウォン監督の香港映画「私たちの話し方」は、ろうの若者3人が主人公です。
 映画の冒頭はろう学校での授業風景。そこでは手話が禁止されています。香港ではつい15年前まで、ろう学校での手話教育が禁止されていたのです。手話はろう社会内での特殊言語であり、ろう者の社会適応のためには口話(相手の口の動きを見て言葉を判断する)が推奨されたためです。
 ろう学校で学んでいるジーソンは手話禁止に反発し、いつも叱られています。それに付き合う同級生のアラン。ジーソンは卒業後、手話こそが自分の言語だとの誇りとこだわりを持ちながら洗車業に就きます。アランは人工内耳を装用する手術を受け、手話も口話も駆使する広告クリエイターになりました。
 アランは人工内耳の普及啓発活動をする中で、ソフィーと出会います。ソフィーは3歳で聴力を失ないますが、人工内耳を装用し、口話も習得し、聴者の中で生活してきました。ソフィーは人人工内耳啓発アンバサダーとして「将来、科学が発展すれば、この世からろう者はいなくなるでしょう」と発言します。それを聞いたジーソンは激しい怒りを表します。自分たちの存在の否定だと。思わぬ反応にソフィーは戸惑います。しかし、今まで避けていた手話などのろう文化に触れていく中で、ソフィーは自らの価値観を見直すこととなります。
 ろう学校での手話禁止は、日本でも1990年代まで同様でした。それが1995年に「ろう文化宣言」が発表され、「ろう者は日本手話という、日本語とは異なる言語を話す、言語的少数者である」と明示されたことから状況が少しずつ変わります。ろう教育の現場でも手話が取り入れられるようになり、2025年には「手話施策推進法」が施行されました。この法律は、手話を独自の言語として認め、その普及と利用環境の整備を総合的に推進する法律です。
 いわゆる音声による言語だけを言語と呼ぶなら、それに当てはまらないものを言語として受け入れられない。思い込みの定義にしばられると、無意識にそれに当てはまらないものを下に見ているかもしれません。この現象、言語に限りませんよね。想像を超えるものを受け入れるのは勇気を必要とするかもしれませんが、それ以上の豊かさと楽しさを味わえる気がします。(アーユス)