いよいよ年も押し迫りました。NHK連続テレビ小説『カムカムエブリバディ』も12月28日の回で本年の放送は終了です。主人公るいの切ない恋心が年またぎになりました。
るいがクリーニング屋の店番中に読んでいたのはオー・ヘンリーの『善女のパン』。こんな物語です。
パン屋のマーサは、たびたびパン屋に通って一番古く安いパンを買っていく男性について、貧しい画家なのだろうと想像していました。マーサはある日、男性に少しでも栄養をつけてもらいたいとパンの内側にバターを塗り込みます。男性がこれに気づいたら、私の気づかいをどんなに喜んでくれるだろうと期待しながら。しかし翌日、男性は店に怒鳴り込みます。男性は画家ではなく設計士でした。パンは製図中の消しゴムとして使っていたのですが、そこにバターが塗られていたため、図面を台無しにしてしまったのです。
マーサと同じく、るいにも膨らんだ恋心が突然しぼんでしまう事態が訪れるのですがそれはともかく。
マーサの男性への理解は、すべてマーサの想像内で作り上げられたものです。指の汚れは絵の具のようだ。では画家に違いない。日に日にやせ細っていくのは経済的に苦しいのだろう。ではバターを付けてあげよう。遠慮しないように内側に隠して。それらがすべて的外れで、善意と好意からの行為が相手に迷惑をかけ怒らせる結果となったマーサには同情もしますが、これは実社会でしばしば起こっていることでしょう。善意によって自他ともに喜びたいなら何より、相手への理解が必要です。往々にして、善意を一方的に押しつけていることはありませんか。話かけてみる、言葉を交わす、それは面倒なことかもしれませんが、それがあってこそ善意が善き行いへとなるのではないでしょうか。
自分の勝手な思い込みに陥らないように注意したいのは善意だけでなく、憎悪も同様です。
るいが『善女のパン』に惹かれたことの意味は、自分の恋心が自分の妄想から生まれたものであることを知らせた以上に、自分が抱えている憎悪もまた、自分の妄想から生まれたのではないかと思いを巡らせる可能性を示唆しています。母親への憎しみに囚われたるいがどのように解放されていくのか、願わくば陽の当たるハッピーでありますよう。皆さまも健やかに新年をお迎えください。(アーユス)