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エンゲイジドブッディズム

エンゲイジドブッディズム2021/05/26

【5月のメッセージ】探していたものは、頭の上にある?


 横浜市戸塚区で行方不明になっていた3.5メートルのアミメニシキヘビが、5月22日に、飼われていたアパートの屋根裏から無事発見されました。逃げ出してから17日。その間、地元の警察・消防・市役所から1日200人態勢で捜索を続けていましたが見つからず、その捜索が21日に打ち切られた翌日のことです。
 発見・捕獲に尽力したのは、日本爬虫類両生類協会の白輪剛史理事長と、茨城で爬虫類ショップを営む店主。店主は警察官や市職員に「本来木の上に住んでいるヘビ。地面より上を見てくれ」と申し入れたのに相手にされず、捜索が打ち切られたので自ら屋根裏に入ってすぐの発見となったとのこと。
 専門家の意見を無視しながら徒に無駄と危険を重ねていくさまは、現代日本を象徴しているような出来事と思えてなりません。
 入管法改定は取り下げにより一段落となりましたが、論議の中で、こんな発言がありました。
 4月21日、衆院法務委員会の参考人質疑で、かつて法務大臣政務官を経験した井野俊郎衆院議員は「私も難民認定をちょっとだけかじったという程度ですけど」と前置きした上で、自分の判断で難民認定を拒否したと誇らしげに証言したのです。このケースは後に法務大臣の職権により難民認定されますが、井野議員の判断の根拠は、ご自身の言葉通り、難民申請にいたる事情についての理解も知識も想像力も著しく欠けていました。自分の能力と立場と責任への認識がずれていたことを今に至っても認められず、自らの正しさを疑えない井野議員の姿が私たちに教えるものは少なくありません。
 自らの無知を恥じることもなく、蓄積された知見に敬意を払うこともなく、根拠に乏しい思い込みと思いつきと願望に頼って判断し、それで結果が出るならまだしも当然ながらそうならず、それなのに責任を取らないという例は、近年に限ってもいくつも思い出せます。それは必ずしも政治の場面ばかりではなく、程度の差はあれ、日本社会の今に通底する心性のような気がします。それを是正する術に目新しいものはありません。我も不完全であり、彼も不完全であることを前提として、常に訂正可能性を担保しておくこと。その練習をする中で、探していたものがすぐ近く、もしかしたら頭の上にずっと潜んでいたことに気づくこともあるでしょう。(アーユス)