脚本家の山田太一氏が老衰のため、11月29日にお亡くなりになったそうです。89歳でした。まさに、巨星堕つ。
1970年代80年代のテレビ黄金時代にドラマの名作を数多く書かれました。『ふぞろいの林檎たち』『岸辺のアルバム』『思い出づくり』などはその時代に生きた方ならご自身の歴史とともに記憶に刻まれているはずです。
脚本家の倉本聰氏、向田邦子氏とともに「シナリオライター御三家」とも呼ばれていました。三氏に共通するのは同時代への深い批評性でしたが、倉本・向田両氏が「かつての貴重なものを失った」社会への批評面が強かったのに対し、山田氏は、まだ世間で認知されていない課題に光を当てる作品が多くありました。その代表が『男たちの旅路』シリーズ、中でも『車輪の一歩』です。同作は車椅子生活を送る青年たちをメインに据えたもので、彼らの生きづらさが物語の柱になっています。「障害者の性」に言及したのはテレビドラマではおそらく初であり、続く作品もあまり見当たりません。
同作では、特攻隊帰りで倫理観が強い旧世代の男性が、青年たちの生活を知る中で考えを大きく転換させられる場面があります。
「今の私はむしろ、君たちに、迷惑をかけることを怖れるな、と言いたい」「人に迷惑をかけない、というのは、今の社会で一番、疑われていないルールかもしれない。しかし、それが君たちを縛っている」「君たちが、街へ出て、電車に乗ったり、階段をあがったり、映画館へ入ったり,そんなことを自由にできないルールは、おかしいんだ。私は、むしろ、堂々と、胸をはって,迷惑をかける決心をすべきだと思った」
このドラマが放送されたのは1979年です。当時にあって「迷惑をかけていい」というセリフは、世間の常識を大きく揺さぶるものでした。それから半世紀近くが経った今を見たときに、山田太一さんの指摘は決して古びたものではないと認めざるをえません。人と人とが関係することで生まれる面倒や、人が社会の中で生きる中で生じてしまう軋轢の中には、「迷惑」として排除されるべきものではないことがいくつもありえます。それらを丁寧に吟味していく姿勢の大切さを山田作品は今なお訴え続けているように思うのです。
この半世紀は決して何も変わらなかったわけではありません。「人が生きていて、他に迷惑をかけないことはありえない」という意見も多く見受けられるようになりました。そこに山田作品の影響は少なからずあると思います。強固に見える状況に対して、私たちが声を挙げたり表現で訴えることは、即効性は少なくても、社会を変える一助になることはありえると確信します。(アーユス)